システムと多様性

人間文化研究機構
小林 宏至

 わたしは平成18年から現在(平成20年)まで当サイト、大学共同利用機関法人人間文化研究機構のホームページを運営してきました。ホームページを作成した当初から今に至るまで、一番わたしの頭を悩ませていたのが、ユーザーが使用するブラウザによる見え方の違いです。

パソコンに少しでも詳しい方でしたらご存知のように、ホームページというのは基本的にHTMLとよばれるコンピュータ言語で書かれております。しかし、同じHTML言語であってもブラウザが異なると見え方が全く違ってしまうことが多々あるのです。

たとえば、“インターネットエクスプローラ”では見ることができるのに“サファリ”では見ることができない。“ファイアフォックス”ではきちんと整っているのに、“ネットスケープ”で見ると画像がずれてしまう。また、同じブラウザを使用していてもバージョンによって見え方が違ってしまう等々、ユーザーの数に合わせて様々な対応に追われます。このような状況を回避するために何度もテクストを書き換え、専門家の方々とも話し合いましたが、最終的に結論として出たのは、「すべてのブラウザに対応することはできない」といったものでした。

この結論はわたしにとって、非常に衝撃的なものでした。というのも、現実世界の中でならともかく、コンピュータ言語の世界でさえ、そこに人間が介在することで多様性が生まれ、機械的、合理的に物事を解決することが難しい、ということがはっきりと感じ取られたからです。

中国福建省の西部山岳地帯に点在する客家土楼

 

ところで、わたしの専門はといいますと、コンピュータ言語とは全く無縁と思われる社会人類学という分野で、中国福建省の客家社会を研究しております。とりわけ客家土楼と呼ばれる巨大な集合住宅に焦点を当てて調査をしているのですが、この客家土楼という建築物は円形のものや方形のものがあり、幾何学的で実に奇妙な形状をしております。

地元風水師から
風水の説明を受ける筆者

この建物の形状に関して現地でよく耳にするのは、それが「風水理論に基づいて建てられている」という説明です。なるほど、風水理論という伝統的な知識体系によってこの建物の建築プランが裏付けられているのか、と当初わたしはその説明に納得しておりました。しかし、よくよく調べていきますと、同じ客家土楼であってもその設計は統一されていません。また同じ風水のテクストを用いていても、地元の風水師の説明、地元知識人の説明、そこに居住する人々の説明が違っていることに気付かされます。

同じ風水のテクストをもとにしているのに、このように違いが生じてくる。これはまるで、同じHTML言語を読み込んでいるはずなのに、ブラウザによって見え方が違ってきてしまう、ウェブ上の世界の出来事のように思えてきます。もしそうだとすれば、中国客家社会における風水理論はHTML言語にあたり、それぞれの人々はそれぞれのブラウザ(視点)でもって物事を理解している、というふうに考えることができるかもしれません。

 

コンピュータ言語であっても、風水理論であっても、人間が生み出した言語や知識体系というものは、理路整然とした説明体系と実際の多様性の間で揺れ動き続けているものであり、そこに人文科学の研究意義があるのではないか、と日々感じさせられます。

(平成20年7月4日掲載)

著者プロフィール: 

小林宏至(こばやし・ひろし)

平成19年首都大学東京大学院修了、修士(社会人類学)。現在、首都大学東京大学院博士課程に所属。専門は社会人類学。主に中国福建省、シンガポールをフィールドとし、客家社会における社会的知識のあり方や彼らのネットワークを研究している。平成18年より人間文化研究機構のホームページを作成・運営。

※著者の肩書きは掲載時のもの