【ぶんかの香り】 影山太郎 「個の文化、集団の文化―国立国語研究所はこう変わった」 (H22.1.13 掲載)

2010年1月13日

 国立国語研究所 所長 影山太郎

日本文化が集団の調和を尊び、欧米の文化が個の特性を重視することはよく知られている。しかし、自分の職場が関西から東京に移ると、この異国間の文化の違いを日本国内の東京と関西の間にも感じる。とりわけ強く感じられるのは、東京の会議は「堅苦しい」ということである。会議の議長をしていて、出席者の気持ちを和まそうと冗談を言いたくても、とてもそのような雰囲気にない。関西の大学なら教授会で学部長は関西弁で冗談を交えて議事進行を行うのに、東京の大学の教授会では学部長が冗談を言うことはほとんどないそうだ。日常会話で関西人は相手の言った言葉に「突っ込み」を入れる。東京人には恐れられる、あの突っ込みだが、関西人にとっては、それがないと、つまらない会話になってしまう。あるアメリカ人が「日本人は会話の途中ですぐに黙ってしまう。私たちアメリカ人には沈黙は耐えられない」と言っていたのを思い出す。アメリカ人にとっては、会話というのは卓球やテニスのラリーのように常に自分と相手の間に言葉が行き交うものであり、「沈黙」があると不気味に感じる。それは、アメリカ人が個人を尊重するからであり、常に相手の言い分を聞き、また、自分のことを相手に伝えなければ気が済まないという個の文化が背景にある。...

 

 

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