No.048 - 人文知コミュニケーターにインタビュー!光平有希(みつひら ゆうき)さん

音楽療法の歴史から人と音楽とのつながりを探る

 

人間文化研究機構(以下、人文機構)は、人と人との共生、自然と人間の調和をめざし、さまざまな角度から人間文化を研究しています。人間文化の研究を深めるうえで、社会と研究現場とのやり取りを重ねていくことが何よりも重要だと考えています。

そこで人文機構では、一般の方々に向けたさまざまな研究交流イベントを開催しているほか、社会と研究者の「双方向コミュニケーション」を目指す人文知コミュニケーターの育成をおこなっています。
人文知コミュニケーターとはどのような人物か?どういった活動を展開しているのか?を今後シリーズにてお伝えしたいと思います。

2019年10月1日に、史上5人目となる人文知コミュニケーターが誕生いたしました。人間文化研究機構・国際日本文化研究センターの光平有希さんです。今回は、着任されたばかりの光平さんに、人文知コミュニケーターとしての意気込みや研修体験について語っていただきました。

 


 

音楽療法史がご専門と伺いましたが、研究テーマについて教えてください。

人間が治療や健康促進・維持の手段として音楽を用いてきたこと(音楽療法)の歴史は非常に古く、東西で古代まで遡ることができます。私は特に日本の音楽療法史に関心を持っていて、今は明治~昭和戦前期の医療現場で行われていた音楽療法実践について、カルテや看護日誌、実践記録書、写真などを分析対象としながら当時の様子を探っています。

日本の音楽療法の幕開けは、戦後にアメリカなど西洋の音楽療法を受容したことに起点があると考えられがちですが、実は江戸期にはすでに予防医学や各種疾病への治療に音楽が効果的だと論じられていますし、明治期には本格的な実践まで行われていたんです!

そんな戦前の日本での音楽療法は、残念ながら現在ほとんど語られる機会を得ていません。でも、長きにわたって日本で培われてきた音楽療法の実態、そして音楽療法のために奔走した先人の足跡から得る学びが、今後の音楽療法や医療だけでなく、人と音楽との関係を考える際の、ささやかな一助になれば…と思いながら研究を進めています。

 

人文知コミュニケーターを目指されたのはどうしてですか?

きっかけのひとつは、以前取り組んだワークショップで再現演奏を交えて日本の音楽療法史を紹介した時の経験です。分かりやすさを模索して演奏を加えたところ、ワークショップの終演後には多分野の研究者、そして一般の方々から「音楽があることでよりリアルに歴史的背景を理解することができた」「音楽療法の歴史研究は単なる過去の深掘りを超え、そこには実際の音楽療法に繋がるヒントが隠れていることを知った」など多くのご意見をいただきました。それを機に、現在は医療従事者や音楽学研究者と連携して歴史学研究から抽出した音楽療法の特徴を今の音楽療法実践に活かす方法を模索しています。

このワークショップからは、社会への発信や対話、また異分野研究者との連携の重要性を学びました。と同時に、研究発信から得られた社会からの声を研究の現場にフィードバックする双方向コミュニケーションの重要性についても痛感しました。そして、机上での考察に留まりがちな人文学研究が、コミュニケーションの積み重ねによって社会貢献にも繋がり得る、大きな可能性を秘めているということも知りました。その頃からでしょうか、「研究を通じたコミュニケーションスキルをもっと習得したい」そして「自身の研究はもちろんのこと、人文学研究自体の深化や認知にも貢献できる人材になりたい」という気持ちが芽生え、人文知コミュニケーターを目指すようになりました。

また、国際日本文化研究センター(日文研)配属の人文知コミュニケーターになりたかったというのも、今回、人文知コミュニケーターの公募を受けた大きな理由です。日文研は国際的・学際的、かつ非常にユニークな日本文化研究を数多く展開している機関です。なので、日文研所員が行っている研究の魅力を分かりやすく発信すること、また研究成果の可視化と社会還元を模索することは、日本研究を行う私にとって非常に勉強になりますし、とてもやりがいある仕事です。

 

なるほど。光平さんの人文知コミュニケーターとしての明確な目標と意欲がひしひしと伝わってきました。

 


 

人文機構では、人文知コミュニケーターのためのさまざまなスキルアップ研修を行っています。その一環として、2019年11月7日~8日に凸版印刷株式会社との共催でスキルアップ研修を印刷博物館において実施しました。

 

初めて研修に参加された感想をお聞かせください。

今回の研修では、デジタルアーカイブやVR制作紹介に始まり、印刷博物館における展示の工夫や組織におけるブランディングのあり方、さらには具体的な広報活動の方法に至るまで、多岐にわたる充実したお話がうかがえました。

とりわけ、地域連携の実例やSNSを利用した効果的な発信方法、さらに魅せる展示のコツなどに関するアドヴァイスは、学ぶところが非常に大きく、今後の活動に生かすための大きな糧をいただいたと考えています。

 

印刷博物館で展示のコンセプトや工夫について話を聞く光平さん(手前)

 

来館者が活版印刷に挑戦する姿を他の来館者に見せる「動態展示」を体験

 

最後に、人文知コミュニケーターとして今後、研究や活動にどのように取り組みたいかお聞かせください。

日文研に関連する情報を自分自身も一読者・一聴者として常に客観的に体感しつつ、研究機関としての魅力や日本文化研究の面白さをダイレクトに伝えることができれば!!と意気込んでいます。

音楽療法の歴史研究に関しては、さらに分かりやすさを追求した成果発信の手法を探っていきます。また、音楽療法史は、医学・薬学史、音楽学、民俗学、宗教学、思想史など多分野にまたがる学際的な研究領域です。なので、文系・理系問わず様々な分野の研究者と連携しながら、実社会にも役立つ「活きた人文学研究」構築への糸口も模索していきたいと思っています。

それから現在、音楽療法史研究と並行して取り組んでいる「日本表象西洋楽曲(ジャポニズム楽曲)」の面白さも知っていただけるよう努めていきたいなと考えています。私が日文研で参画する「外書プロジェクト」では、これまで日本開国期以前に西洋人が日本について著した日本関係欧文図書や西洋古版日本地図を主たる対象として研究を進めてきました。近年では、並行して開国期前後に日本を題材として作られた西洋の音楽作品(日本表象西洋楽曲)の収集・研究もはじめました。今より格段に日本に関する情報が限られていた時代、西洋人はどのように音楽で日本を表現し、それを民衆はどのように聴いていたのか――。というような、新しい切り口からの日本関係欧文史料研究・大衆文化研究の深化を目指しています。

日文研に所蔵されているジャポニズム楽曲の一部は、すでに日本関係欧文貴重書データベースで公開されていて、1800年代の作品1900年代の作品はすべて楽譜の閲覧・ダウンロードができますので、実際の演奏用としても使っていただけます。また、これらの楽曲をより分かりやすく伝えるためにウェブサイト「日本関係欧文史料の世界」では、各作品の解説と共に実際の音楽も掲載しています。データベース、それからウェブサイトの充実・拡充に今後さらに努めていきますのでご期待ください!

 

(聞き手:堀田あゆみ)

 


 

光平有希さん
人間文化研究機構総合情報発信センター研究員(人文知コミュニケーター)
国際日本文化研究センター 総合情報発信室 特任助教

2016年、総合研究大学院大学文化科学研究科国際日本研究専攻博士後期課程修了〔博士(学術)〕。国際日本文化 研究センタープロジェクト研究員、機関研究員を経て2019年10月から現職。研究テーマは、音楽療法史、医療文化史、日本表象西洋楽曲(ジャポニズム音楽)。

 

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