ぶんかの香り
【ぶんかの香り】 山田慎也「難聴の中での民俗研究へ」(H22.3.1掲載)
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国立歴史民俗博物館 研究部民俗研究系准教授
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| 忘れもしない平成20年9月3日午後、何の自覚もなく気が付いたら右耳の聴力が大幅に低下しており、耳元で大声で言われないとわからないのである。すでに平成12年11月には左耳の聴力を完全に失っているため、ついに普通の会話の聞き取りはできなくなった。入院治療もしたが、結局聴力は戻らないままであった。 私の場合、音素を理解する能力が低下しており、補聴器をつけても、大きな音としては聞こえるが、言葉としての理解が難しいのである。いうなれば、チューナーの悪い雑音の入ったラジオを聞いている |
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みたいで、音を大きくすると雑音も大きくなって聞き取りにくさはあまりかわらないといった状態である。・・・
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【ぶんかの香り】 影山太郎 「個の文化、集団の文化―国立国語研究所はこう変わった」 (H22.1.13 掲載)
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国立国語研究所 所長
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| 日本文化が集団の調和を尊び、欧米の文化が個の特性を重視することはよく知られている。しかし、自分の職場が関西から東京に移ると、この異国間の文化の違いを日本国内の東京と関西の間にも感じる。とりわけ強く感じられるのは、東京の会議は「堅苦しい」ということである。会議の議長をしていて、出席者の気持ちを和まそうと冗談を言いたくても、とてもそのような雰囲気にない。関西の大学なら教授会で学部長は関西弁で冗談を交えて議事進行を行うのに、東京の大学の教授会では学部長が冗談を言うことはほとんど | ![]() |
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ないそうだ。日常会話で関西人は相手の言った言葉に「突っ込み」を入れる。東京人には恐れられる、あの突っ込みだが、関西人にとっては、それがないと、つまらない会話になってしまう。あるアメリカ人が「日本人は会話の途中ですぐに黙ってしまう。私たちアメリカ人には沈黙は耐えられない」と言っていたのを思い出す。アメリカ人にとっては、会話というのは卓球やテニスのラリーのように常に自分と相手の間に言葉が行き交うものであり、「沈黙」があると不気味に感じる。それは、アメリカ人が個人を尊重するからであり、常に相手の言い分を聞き、また、自分のことを相手に伝えなければ気が済まないという個の文化が背景にある。…
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【ぶんかの香り】 上羽陽子「技術からのアプローチ―展示とワークショップを通しての異文化理解」(21.10.15掲載)
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国立民族学博物館 助教
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| ここ数年、取り組んでいることがある。長年、調査を続けているインド牧畜社会の刺繍技術をどのように研究者や一般の人びとへ伝えることができるかである。文化資源である現地の人びとのものづくりに関する知識を、どのように活用することができるか、さらに共同利用や社会還元への可能性を展示やワークショップを通じて提示することができないかと考えている。 昨年、「技術はいかに展示できるか」をテーマに、国立民族学博物館(以下、民博)企画展「インド刺繍布のきらめき―バシン・コレクションに見る手仕事の世界(平成20年10月9日〜平成21年3月31日 |
刺繍技術解説パネル(写真01) |
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実行委員長・三尾稔准教授)」において、刺繍布に施される刺繍技術の特徴を、文字による解説ではなく、布と糸、針を使って工程を再現した刺繍技術解説パネルの作成を試みた(写真01)。 …
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