シンポジウムを終えて(4/4) 人間文化の技芸的復権

 
 
永山 國昭 *
 
文化科学の力

 今年はアインシュタイン奇蹟の年1905年から数えて百年目。ユネスコを中心に世界物理年として催し物が行なわれています。日本も物理学界を中心とした事務局(WYP2005Japan)を立ち上げ催しをしていること、多分新聞紙上でご存じのことと思います。

 私もこの活動に参加しており、四月二十三日春のイベントの一部を企画しました。そのタイトルは「自然の美から見た21世紀の科学」です。科学がもう一度自然哲学の精神に日本的角度から立ち返ることをめざしています。

 とくにパネルトーク「科学と芸術の出会い――虹のかなたへ」では以下のような趣意を考えました。

『四月二十三日 物理学シンポジウムパネリストの方々へ

 当日のパネルの内容について大略次のような趣意を議長団として考えております。ご多用中を恐れ入りますが、あらかじめお心づもりしていただければまことにありがたく存じます。

科学と芸術の出自

 現在使われている「科学」あるいは「芸術」という言葉は、西欧に出発点を持っている。もともと、これらの概念は十八世紀から十九世紀にかけて、西欧に初めて出現したが、それまでは、自然探求は自然のなかに神の合理的デザインを見ることを求め、他方、技芸は生活技術のほか、教会の装飾技術、為政者の実用技術など、職人層のなかで継承されてきた。十八世紀啓蒙主義の展開のなかで、キリスト教の支配が崩され、人間理性が主役に躍り出ることによって、神学的世界観から切り離された「科学」が誕生し、一方、人間理性とともに人間の感性に目が向けられたときに、純粋な美学的概念を求める「芸術」という概念も出現した。その意味では、その前史はともかく、十八世紀以降の西欧における「科学」と「芸術」は、人間の深奥部においてはいざしらず、領域としての内的連関をとかく欠きがちであった。

日本の状況

 日本においてこの両者に対応する「科学」と「芸術」はなかったと言ってよい。日本の場合、中国由来の技術や日本の自然美を写した絵画や工芸が主流であった。生活全体を美意識で統一するトータルな技芸が文化的厚みとして存在し、多分絵画、茶器、焼物等々が個別的に分離し芸術化されることはなかったと思われる。精神的風土で言えば自然すべてにアニマ(精霊)を見るアニマ的自然観のなかで美意識のなかで美意識の高度化が図られ日本画のような日本独自の芸術が生まれたと考えられる。

 このような精神風土のなかで明治の開国以来、西洋由来の「科学」は富国強兵政策の一環として導入され、「芸術」は欧化主義の象徴として受け入れられることになり、当然ではあるが前史的背景としての神学的自然観は置き忘れられた。それが日本独自の「科学技術」であり、いわゆる「芸術」である。ここで一種のとりかえばやが生じた。形而上学的側面を持つ「科学」は技術的、形而下的側面を強調され、生活美であった技芸は形而上学的役割が求められた。こうした変化のなかで当然アニマ的自然観は存在の基盤を失っていった。もっとも典型的なものとして日本画があり、今の私たちの生活のなかに居場所を見いだせない。

近代化を超えて

 近代化の波のなかで私たち日本人は二重の自然破壊を行なってきた。一つは外側に広がる日本の自然、もう一つはアニマ的自然観。それは自然美の破壊であり日本的美意識の破壊でもある。春のイベントの副題「自然の美から考える21世紀の科学」はこの問題を正面から取り上げており、パネルトークにはこの問題の解決としての「科学と芸術の出会い」が期待されている。

議論の主題

 日本における科学の将来の方向性を上記に示すような共通理解のうえに立って議論していきたい。とくに科学と芸術の出会いを通して日本独自の科学のあり方を問うとき、現在では芸術が主に担っている宇宙と人間の存在への問いかけ(形而上学的課題)が科学にどのように影響しうるのか。日本的自然美、アニマ的美意識が日本の科学の将来に何を付け加えられるのか。その際、世界の芸術から孤立しつつも独自の存在感を放つ日本画の世界が問題解決のきっかけになると思われる。現代科学の眼から見てミステリアスな日本画の世界を科学的に分析することのなかから何かが生まれると期待したい。

 キーツは「虹の解体」としてニュートンを非難するとき、科学によるキリスト教神学的世界観の解体を非難していたのではないだろうか。パネルトークではまさにその西洋伝統の「科学」と「芸術」を再解体することになるだろう。そして日本画など日本の自然美術の分析を通して、二十一世紀の日本独自の科学・技術の方向、そしてその背景としての新しい自然観の模索を行なえればと思う。』

 このイベントの背景には暴力化した科学技術への反省があります。科学技術が何故暴力化したかは簡単で、物質文化の雄として経済システムに乗ったからです。しかし科学はもともと自然哲学を源とし、むしろ世界視の確立を旨とする精神文化の側面が強かったはずです。十九世紀の近代化のなかで二極分解が生じ、技術文明と結びついた科学と精神文化と結びついた芸術が生まれたといってよいでしょう。

 従って科学の自然哲学的復権が求められるとすれば、人間文化の技芸的復権があってもよい。そのとき人間文化のDNAが見えてきて、再び十九世紀以前の力を取り返せるはずです。

 
 
文化科学の目的

 精神文化のDNAを見出すこと、それを技芸化することだと思います。

 
 
人間文化研究機構への期待

 現在機構は各研究所がバラバラですが、文化DNA探索の一点で結集できるはずです。その方向でのグランドデザインを書き、統合的研究活動がスタートできれば、日本発の文化発信をグローバルにできると思います。とくに世界のなかの日本文化DNAを見出すことで世界に向けて発信できる文化研究拠点となるでしょう。