vol.41 - 北極の環境問題について考える:ボードゲーム『The Arctic』の開発裏話

北極の環境問題について考える:ボードゲーム『The Arctic』の開発裏話

 

北極海には年中氷が浮いています。冬には海氷が厚く大きくなり、夏には一部が融けて小さくなるというように、常に形を変えています。その海氷が、ここ数十年で急にたくさん融けて減っているということを聞いたことがありますか。過去35年間で夏の海氷面積は3分の2に減少しました。さらに、今後、最も極端な場合で、2040年代には北極の海氷は夏の一時期にすべて融けてなくなるというシミュレーション結果も出ています。北極で今どのような変化が起こっているのか、どのような人間への影響があるのかを解明し、持続可能な利用を考えることが世界的に課題となっています。

 2015年から文部科学省の補助事業として、国立極地研究所海洋研究開発機構および北海道大学の3機関が中心となって始まった北極研究推進プロジェクト(ArCS: Arctic Challenge for Sustainability)では、北極域の気候変動の解明と環境変化、社会への影響について、さまざまな分野の自然科学と人文科学の研究者が研究してきました。その研究成果を広く社会へ発信し、そして多くの方々にこれからわたしたちがどのような選択をすべきかを考えてもらうために、ArCSと日本科学未来館は学習ツールを開発しました。それが、ボードゲーム『The Arctic』(写真参照)です。

 このゲームでは、海氷が減少するごとに、環境汚染、北極海航路の開拓、資源開発、災害などのさまざまなイヴェントが発生します。ゲームのプレーヤーには、外交官、開発業者、先住民、研究者などの役割が与えられており、それぞれにミッションがあります。それを達成するために、資源開発や研究、法整備、対策などを行ってゲームを進めていきます。

 わたしは人間文化研究機構の人文知コミュニケーターとして、またシベリアを研究する文化人類学者として、このゲームの開発に参加しました。まず、ゲーム開発参加者全員で議論し、どのようなイヴェントを設けるかを決め、それに対してどのような研究や対策の必要性があるかを検討しました。それから、それらの内容にかんして簡潔な説明文を作成しました。この説明文は、ゲームで使用するイヴェントブックに掲載されており、各プレーヤーが与えられた役割を果たすために考え、選択するさいに参考にします。

 イヴェントには、現実に現在起こっていること、そして将来的に問題になると懸念されていることが盛り込まれています。当初、このゲームには自然科学の要素が多く想定されていました。自然科学の研究者が社会・文化への影響やその問題解決の必要性をあまり把握していなかったからです。そこで、北極の環境と気候の変化が経済や国際政治、先住民の生活にも大きく影響していることを開発会議で伝え、社会や文化に関する項目を増やしました。わたしは、これまでのシベリアでの調査研究で得た知見を活かし、気候変動の影響により、トナカイの大量死やアイスロード(冬季に川が凍結するためその上を道路として使用する)使用期間の短縮、洪水、先住民の居住可能地の縮小などの問題が起きうることを指摘し、イヴェントとしてボードゲームに取り入れることができました。
 今回ボードゲームの開発に携わり、人文知コミュニケーションは社会一般に向けて行うだけでなく、他の分野や自然科学の研究者を対象に行うことで、文理融合の研究成果を発信する上でも有効であることを確認しました。また、自然科学と人文社会学の研究者が共同することで、ゲーム参加者が北極の環境変化とその影響を社会的課題として考えることができるようになったと思います。

 

 

体験会会場の様子(2019年8月8日日本科学未来館にて大石撮影)

 

ボードゲーム『the Arctic』(2019年8月8日日本科学未来館にて大石撮影)

 

会場入り口のArCSのパネル(2019年8月8日日本科学未来館にて大石撮影)

 

 

人間文化研究機構 人文知コミュニケーター/国立民族学博物館 特任助教 大石侑香
首都大学東京大学院人文科学研究科博士後期課程満期退学。東北大学東北アジア研究センターにて日本学術振興会特別研究員PD。2018年、博士(社会人類学)学位取得。2018年より現職。研究テーマは、北極環境変化と人間社会、シベリアの生業文化、毛皮の文化。

 

 

 

【関連情報】
イベント「変わりゆく北極について考えるボードゲーム『The Arctic』体験会」
日時:2019年8月8日(木)
(1)13:30~15:00、(2)15:30~17:00
場 所:日本科学未来館 3階 実験工房
主 催:日本科学未来館、北極域研究推進プロジェクト(ArCS)