No.079 - 人文知コミュニケーターOBにインタビュー!弘前大学人文社会科学部 新永悠人(にいなが ゆうと)さん<後編>

弘前大学人文社会科学部 新永悠人(にいなが ゆうと)さん

人文知コミュニケーターを経て弘前大学に就職された新永先生にお話を伺いました。後編では、コロナ禍での教育や研究活動、人文知コミュニケーター時代に身につけて現職でも活かせるスキル、将来の人文知コミュニケーターへのメッセージを取り上げています。


<前編>はこちら

 

・コロナ禍での変化

私が弘前大学に来た2年前に1、2年生だった学部生はもうコロナ禍に慣れてしまったので、授業がオンラインだとしても「こんなものか」と思っているかもしれません。一方で、もしコロナが無かったら、大学生生活においてはどんなことが可能で、どんなことを楽しめるのかということをあまり知らないまま過ごしているという可哀想な部分があるとも思っています。

授業では、弘前市出身の方に対面調査の協力を依頼したり、津軽地域出身の学生に話者役を依頼したりして、なんとかこちらの方言の調査を授業内に細々とやっているところです。

しかし、私の調査地である奄美大島には2年間まったく行くことができず、正直辛いです。今年もオミクロンの変種株が7月頃から大流行しているので、当初予定していた夏休みの調査を断念しました。私の調査手法は対面調査なので、感染リスクが高く、デジタルデバイスにも慣れていない高齢者の方たちに調査をすることは現実的に不可能です。相当の無理をすれば、当該話者の近親者(特に若い世代)などに頼ってオンライン調査をすることも可能かもしれませんが、以前のように疑問に思った時点で質問事項を再整理して聞きに行くことを繰り返す(いわば「仮説生成型」の)調査はできません。この場合、全く違う調査をすることになりますし、できることがすごく変わってしまいます。そこには、専門を変えるのに等しいくらいの困難さがあります。

春の弘前大学の中庭に咲く桜

春の弘前大学の中庭に咲く桜

 

・人文知コミュニケーター時代に培ったスキルのうち、現職で活かせていること

大学の授業では受講生はみな「非専門家」なので、人文知コミュニケーター時代に培った「非専門家に届くように伝えるスキル」は大学の授業でも大きく活かされています。他にも入試広報などでも大きく役に立っています。具体的には、地元高校への出前授業や、あるいはオンラインキャンパスの授業弘前大学人文社会科学部の模擬講義がオンライン上の動画で閲覧できる)でも活かせています。

この「非専門家に届くように伝えるスキル」に関して最も影響を与えたのは、私が人文知コミュニケーターだった時に受けた国立科学博物館のサイエンスコミュニケーター養成実践講座の1つの経験だと思います。その経験とは、当該講座の最後に「ディスカバリートーク」と言って、科博の通常の来場者向けに自分の研究を10分で話す課題があるのですが、その準備をした際の経験です。この準備の際に、講座の参加者同士で本当に互いに忌憚のない意見を言い合うんです。それによって、「ここが面白いと思うんだ」とか、「ここが分かりにくいんだ」とかが互いによく分かり、自分も含め、周囲の発表がどんどんめざましく成長するのを目の当たりにして、「人間ってこんなに成長するのか!」と感動したのを覚えています。

他にも、人文知コミュニケーター時代には「方言版異言語脱出ゲーム」という体験型のゲームを専門の団体(一般社団法人異言語Lab.)とともに作成しました。その際に、所属するメンバー同士の連絡調整や、著作権に関する文書の作成、予算の調整など実務的な作業をやっていたことが弘前大学に赴任してから新しい業務を遂行する際にとても役に立ちました。具体的には、現在、弘前大学人文社会科学部のオンラインキャンパス動画にろう者や難聴者・中途失聴者の方に向けた字幕を付けることを提案し、許可されたのですが、その際に色々な業者の見積もりの比較や、学生へのアルバイト募集、予算の確保、関係者への交渉などを行いました。このとき、人文知コミュニケーター時代に企業や法人とやりとりした経験が活きました。研究に関連する面白いアイディアを思いつくことも非常に重要ですが、それを実行させるためのお金や人とのやりとりといった細々した作業を人文知コミュニケーター時代にある程度経験することができたのは良い経験だったと思います。

最後に人文知コミュニケーターは色々な人と会う機会が多いので、対人コミュニケーション能力がいくらかは上達すると思います。そして、対人コミュニケーション能力の上達による好印象は就職面接の時の印象に直結します。書類上でどんなによくても、見た時の印象で「この人と仕事をしたいか」と思えるかどうかが採用側の判断に大きく関わってくるので、その印象はとても重要だと思います。対人コミュニケーション能力は人文知コミュニケーターの仕事の中で知らない間に身についているスキルであり、後に活きて来る部分だと思います。

 

・これから人文知コミュニケーターを志望する方々へのメッセージ

前提として、人文知コミュニケーターは自然科学分野のサイエンスコミュニケーターと比べてポストの数が少なく、テニュア(期限なし常勤職)が存在しません。確かに一部の大学で人文知コミュニケーションの授業を受けられますが、人文知コミュニケーション全般についての体系的・専門的な授業を開講している大学は存在しません。それを思うと、そもそも人文知コミュニケーターは目標としたり、志望したりすることがイメージしにくい職業だと思います。他の職業だったら「こうゆうのをやりたい」、「ここに行ったらこうなりたい」となりますが、人文知コミュニケーターになりたいとは実は何になりたいのだろうという、よく考えると当然の疑問にぶつかります。これは職業としての人文知コミュニケーターの現在のポジションの数(の少なさ)やそれを支えるべき制度の問題です。

ただし専門知を非専門家に伝えるという営み自体は、人文科学・自然科学の分野を問わず過去から現在まで連綿と続けられてきたことです。それらの分野で得られる知識体系は一部の特権階級だけが知ればいいことではなく、あらゆる人がアクセス可能であるべきだと私は思います。従って、人文学の研究者ならば誰でも人文知コミュニケートをするべきだと思います。

そのうえで、現在の人文知コミュニケーターという仕事は期限付きであるため、あくまで次の仕事に就くまでの1ステップとならざるを得ません。その場合、目標は専門分野における期限なし常勤職(大学、研究所など)となります。人文知コミュニケーター時代にできることは大きく分けて2つあり、①専門知を磨くことと、②専門知を非専門家に伝えることです。そして、重要なことは、大学などの履歴書の主要項目欄に書くことのできるのは主に①の業績であり、②の多くは「その他」の欄にしか書くことができないということです。「その他」の記述は多少は心象に影響する程度で、採用における評価対象はあくまで①の業績です。

従って、人文知コミュニケーターに就任した際は、②だけではなく、①も積極的に行う必要があります(そもそも、①で専門知を磨かなければ、②として伝えるに足るものが生まれません)。このことは、人文知コミュニケーター自身だけではなく、雇用する側の各機関も明確に意識する必要があります。人文知コミュニケーターの仕事を上記の②だけであると誤解すると、当事者のキャリアプランを無視して広報や別のプロジェクトの兼任、その場限りの雑用を任せるなどの事態が生じかねません。幸いにも、私の人文知コミュニケーター在職期間中は理解ある上司や同僚に恵まれたおかげで、3年間のキャリアのうち(制度開始間もないことにより序盤はいくつかの問題がありましたが)中盤には人間文化研究機構若手研究者海外派遣プログラムによってハワイ大学での研究に行かせてもらうことができ、終盤は「方言版異言語脱出ゲーム」のプロジェクトに専念させてもらうことができました。人文知コミュニケーターになる方たちにも、それを採用する機関にも、上記の②だけではなく、①を意識した勤務・雇用を遂行して欲しいと思います。それは、現在の人文知コミュニケーターが当事者のキャリアプランにおいて期限なし常勤を得るまでの1ステップであることを意識することで自ずから達成できると思います。

最後に、狭義の人文知コミュニケーション(上記の②にあたる「専門知を非専門家に伝えること」)が自己の研究に活きるというのを具体的にイメージしづらい人がいるかもしれません。しかし、自己の専門知を非専門家に伝えることは、自分が無意識に前提としていたことや、これまで何段か飛ばして「理解」していた前提に気付かせてくれます。多くの場合、いわゆる素人の指摘は鋭く、自分が議論の1段目だと思っていた段の前に0段目があることに気づかせてくれたり、自分が全然気づいていないことを指摘してくれたりするので、どんどん自分の研究への理解が深まります。その意味では、非専門家に伝えることは自分の研究のついでにやることではなく、自分の研究とともに行うべき大切なことであると私は思います。私は研究だけを行うよりも、大学などで教育もすることが好きなのですが、その理由の1つとして、学生に教えることで自分の学びが深くなるからだと思っています。ただし、前提知識の理解を深めることは良い研究の必要条件ですが、それだけでは次のキャリアにつながる研究とはなりません。あくまで、自身の新しい研究を進めることも同時並行で行うことが必要です。この研究の両輪を進めること(「新しい研究を進めること」と「非専門家に伝えることで自分の研究を深めること」)ができるという条件がそろうのであれば、人文知コミュニケーターでの経験は、自身の研究にも、その後のキャリアにも大いに有益であると私は思います。

<前編>はこちら

 

(聞き手:大場 豪 人間文化研究機構 人間文化研究創発センター研究員)

 

 

Yuto Niinaga

新永悠人(にいなが ゆうと)さん
弘前大学 人文社会科学部 日本語学研究室 准教授
2014年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了〔博士(文学)〕。成城大学などの非常勤講師を経て2020年4月から現職。人間文化研究機構の人文知コミュニケーターには2017年から2020年にかけて就任。専門は記述言語学で、対象方言は北琉球諸方言(特に、鹿児島県の奄美大島湯湾方言、沖縄県の久高島方言)。