展示

【民博】特別展「先住民の宝」

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世界には、現在70カ国以上の国々に、約3億7,000万人の先住民が暮らしており、その民族の数は少なくとも5,000と言われています。本特別展でいう宝とは、圧政や差別に苦しみながらも、日々を力強く、そして希望を失わず生きてきた彼らにとっての心の拠り所であり、民族としての誇りでもあります。先住民の思いをのせた約740点におよぶ展示品とともに、先住民の世界を紹介します。

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【民博】梅棹忠夫生誕100年記念企画展「知的生産のフロンティア」

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みんぱく初代館長を務めた梅棹忠夫(1920-2010)は、多数の学術調査に参加した知の先覚者 です。彼は、調査成果を論文などにまとめる方法を『知的生産の技術』(1969年)で述べまし たが、具体的に資料を加工する過程は示しませんでした。この企画展では、梅棹のアーカイブ ズ資料とデジタル・データベースで彼の方法の舞台裏を紹介します。

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【歴博】第3展示室特集展示「大津絵と江戸の出版」

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江戸時代、大津の追分(おいわけ)周辺で売られていた肉筆の民衆絵画である「大津絵(おおつえ)」。本展では、当館所蔵の大津絵12点のうち11点を紹介するとともに、大津絵をモティーフに取り入れた江戸末期から明治初期にかけての錦絵などをあわせて展示し、江戸後期における大津絵イメージの広がりについて考えます。

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【歴博】くらしの植物苑特別企画「伝統の朝顔」

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今回の「伝統の朝顔は、文化・文政期頃(1810年代~1830年代)に武士や庶民の間でおこった「朝顔の第一次ブーム」をテーマとし、当時の変異が現在にも残っていることを紹介します。

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【歴博】第3展示室特集展示『もの』からみる近世「和宮ゆかりの雛かざり」

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 幕末の動乱期、波乱にとんだ生涯を送ったことで知られる和宮は、仁孝天皇(にんこうてんの
う)の第8皇女として生まれ、「公武合体」の証しとして文久元年(1861)14代将軍徳川家茂(と
くがわいえもち)に降嫁しました。

 今回の特集展示で展示する雛人形・雛道具類(当館所蔵)は、和宮所用として伝来したもの
で、有職雛(ゆうそくびな)と呼ばれる種類の雛人形と、江戸七澤屋(ななさわや)製の各種雛道
具、御所人形および三ツ折(みつおれ)人形などが含まれます。

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【歴博】第3 展示室特集展示 『もの』からみる近世「描かれた寺社境内」

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本展では、主として江戸時代後期に制作・出版された寺社の俯瞰図を約15点紹介します。 当時の境内の様子を、屏風などの絵画作品、あるいは名所図会などの版本や錦絵、一枚刷境内図などをとおして概観して頂けます。令和最初の年始に、江戸時代の寺社の境内図を初詣してみませんか。

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【歴博】第4展示室特集展示「石鹸・化粧品の近現代史」

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 本展示では日本の美容観や衛生観に影響を与えてきた石鹸と化粧品の歴史を商品と広告類を使って紹介します。2016年秋の企画展示「身体をめぐる商品史」では、明治時代~平成時代初めの化粧品類を紹介しましたが、今回はより古い時代に重点をおき、さらに、幅広い企業の資料を展示します。

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【歴博】くらしの植物苑特別企画「冬の華・サザンカ」

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サザンカは日本を原産地とし、ツバキとともに冬枯れの季節に庭を彩る数少ない植物です。くらしの植物苑では、特別企画「季節の伝統植物」の一環として、2001 年より冬を代表する園芸植物であるサザンカを収集し、展示してきました。これらには、「江戸サザンカ」、「肥後サザンカ」と呼ばれる独自の品種群も含まれています。

サザンカは、自生種に近い「サザンカ群」、獅子頭の実生またはその後代と考えられている「カンツバキ群」、サザンカとツバキの間で自然にできた雑種またはその後代と考えられている「ハルサザンカ群」の3 グループに大別され、花はグループごとに10 月中頃から翌年2 月にかけて上記の順に咲いていきます。これらの品種は、いずれも実生の変種から選抜されたもので、こうした品種を維持・普及する方法は、日本の園芸文化の大きな特徴といえます。くらしの植物苑では、人とサザンカの関わりを遺伝資源と文化的な資産の両面から着目し、生きた植物と歴史資料を併せて考察した成果を展示してきました。

本展では、約140 品種のサザンカを鉢植えで展示いたします。今年度は「昭和と平成のサザンカ」をテーマに、1932(昭和7)年に刊行された石井勇義(いしいゆうぎ)『園芸植物図譜 第4巻』におけるサザンカの図と解説、さらに、1960 年代に販売され始めた八重咲(やえざき)や獅子咲(ししざき)で遅咲きのサザンカや、1980 年代以降サザンカの栽培熱が冷めゆく中に新たに発表された肥後サザンカの新花について、それぞれパネルで紹介します。

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【歴博】くらしの植物苑特別企画「伝統の古典菊」

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菊は、日本を代表する園芸植物のひとつです。菊は日本在来の植物ではありませんが、平安時代の宮廷ですでに菊花の宴が流行していたことから、遅くとも律令期には、他の文物とともに中国からもたらされていたと考えられています。 平安・鎌倉時代からは日本独自の美意識により、支配者層の間で独特の花が作り出されました。筆先のような花弁をもつ「嵯峨菊(さがぎく)」は京都の大覚寺で門外不出とされ、花弁の垂れ下がった「伊勢菊(いせぎく)」は伊勢の国司や伊勢神宮との関わりで栽培されました。そして、菊は支配者層の中で宴に、美術工芸品に、不老不死のシンボルとして特権的な地位を築いていったのです。

それが、近世中頃以降になると大衆化し、変化に富む園芸種の菊花壇や、菊細工の見世物が流行したと言われています。それらの流行を支えたのが、花弁のまばらな「肥後菊(ひごぎく)」と、咲き始めてから花弁が変化していく「江戸菊(えどぎく)」です。これらに花の中心が盛り上がって咲く「丁子菊(ちょうじぎく)」を加えた伝統的な中輪種は「古典菊」と呼ばれています。

くらしの植物苑では、このような「古典菊」を2000年から収集・展示してきました。今回は、各地方で独特な特徴を持った古典菊を約120品種と歴博で実生栽培したオリジナルの嵯峨菊、肥後菊など約50品種を展示いたします。今年度は「江戸の和本にみる菊」をテーマとして、重陽の節句と菊花、菊酒における不老長寿のイメージ、『雨月物語』における菊花の契りについてパネルで紹介します。

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【歴博】企画展示「ハワイ:日本人移民の150 年と憧れの島のなりたち」

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このたび、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)では、企画展示「ハワイ:日本人移民の150年と憧れの島のなりたち」を2019年10月29日(火)~12月26日(木)に開催いたします。

本展示では、日本で非常によく知られているハワイをめぐり、「観光・ハワイ」の側面だけではなく、日本からハワイに移住した人びとの歴史を、ハワイの近現代史、および日本・ハワイ交流史と併せて展示し、社会的・政治的な変化とともに、そこに日本人移民とその子孫たちがどのように位置づいたのかをたどります。

日本からハワイへの移民は、19世紀のプランテーション労働者としての移住に始まりました。その後、日本人移民およびその子孫の数は増え続け、生業も多様化し、ハワイには日系人社会が形成されていきました。これは、ハワイが経済的に発展を遂げた時代とも重なっていました。その過程で、日本人を含むさまざまなエスニックグループが流入し、ネイティブハワイアンの人口比は減少しました。日本人とその子孫の人口は、太平洋戦争開戦前にはハワイの全人口の3分の1を占めるまでになっていました。

真珠湾攻撃後、ハワイは戒厳令下に置かれるとともに、それまで以上に多くの米軍関係者がハワイに滞在するようになりました。そうしたなかで日本人・日系人の一部は敵性外国人として強制収容された一方で、多くの日系二世がアメリカ人として軍務につきました。そのなかには、ヨーロッパ戦線へと送られた者、日本語を理解できることから対日戦略に動員され、あるいは日本の占領に動員された者などがいました。

太平洋戦争/第二次世界大戦の終結後、1940年代後半から50年代にかけては、労働運動の盛り上がりと、Democratic Revolutionとも呼ばれる政治状況の変容、そしてアメリカ合衆国の第50 番目の州になるといった、大きな変化の中に置かれました。日本では、ハワイは憧れの観光地として注目を浴び、大衆文化の中に根づいていきました。冷戦、経済成長を時代背景に、今日の私たちが知るハワイのイメージの骨格が形成されました。

この歴史をたどることで、リゾート地としてよく知られたハワイをこれまでとは別の角度から見ることができるのはもちろんのこと、戦争や移民といった、人類にとって普遍的で、今日的でもある課題を考える糸口になるでしょう。この展示を通じて、ハワイを知ると同時に、今日の世界を考え直すきっかけをつかんでいただければと考えています。

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