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【歴博】第4展示室特集展示「石鹸・化粧品の近現代史」

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本展示では日本の美容観や衛生観に影響を与えてきた石鹸と化粧品の歴史を商品と広告類を 使って紹介します。2016 年秋の企画展示「身体をめぐる商品史」では、明治時代~平成時代初 めの化粧品類を紹介しましたが、今回はより古い時代に重点をおき、さらに、幅広い企業の資 料を展示します。

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【歴博】くらしの植物苑特別企画「冬の華・サザンカ」

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サザンカは日本を原産地とし、ツバキとともに冬枯れの季節に庭を彩る数少ない植物です。くらしの植物苑では、特別企画「季節の伝統植物」の一環として、2001 年より冬を代表する園芸植物であるサザンカを収集し、展示してきました。これらには、「江戸サザンカ」、「肥後サザンカ」と呼ばれる独自の品種群も含まれています。

サザンカは、自生種に近い「サザンカ群」、獅子頭の実生またはその後代と考えられている「カンツバキ群」、サザンカとツバキの間で自然にできた雑種またはその後代と考えられている「ハルサザンカ群」の3 グループに大別され、花はグループごとに10 月中頃から翌年2 月にかけて上記の順に咲いていきます。これらの品種は、いずれも実生の変種から選抜されたもので、こうした品種を維持・普及する方法は、日本の園芸文化の大きな特徴といえます。くらしの植物苑では、人とサザンカの関わりを遺伝資源と文化的な資産の両面から着目し、生きた植物と歴史資料を併せて考察した成果を展示してきました。

本展では、約140 品種のサザンカを鉢植えで展示いたします。今年度は「昭和と平成のサザンカ」をテーマに、1932(昭和7)年に刊行された石井勇義(いしいゆうぎ)『園芸植物図譜 第4巻』におけるサザンカの図と解説、さらに、1960 年代に販売され始めた八重咲(やえざき)や獅子咲(ししざき)で遅咲きのサザンカや、1980 年代以降サザンカの栽培熱が冷めゆく中に新たに発表された肥後サザンカの新花について、それぞれパネルで紹介します。

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【歴博】くらしの植物苑特別企画「伝統の古典菊」

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菊は、日本を代表する園芸植物のひとつです。菊は日本在来の植物ではありませんが、平安時代の宮廷ですでに菊花の宴が流行していたことから、遅くとも律令期には、他の文物とともに中国からもたらされていたと考えられています。 平安・鎌倉時代からは日本独自の美意識により、支配者層の間で独特の花が作り出されました。筆先のような花弁をもつ「嵯峨菊(さがぎく)」は京都の大覚寺で門外不出とされ、花弁の垂れ下がった「伊勢菊(いせぎく)」は伊勢の国司や伊勢神宮との関わりで栽培されました。そして、菊は支配者層の中で宴に、美術工芸品に、不老不死のシンボルとして特権的な地位を築いていったのです。

それが、近世中頃以降になると大衆化し、変化に富む園芸種の菊花壇や、菊細工の見世物が流行したと言われています。それらの流行を支えたのが、花弁のまばらな「肥後菊(ひごぎく)」と、咲き始めてから花弁が変化していく「江戸菊(えどぎく)」です。これらに花の中心が盛り上がって咲く「丁子菊(ちょうじぎく)」を加えた伝統的な中輪種は「古典菊」と呼ばれています。

くらしの植物苑では、このような「古典菊」を2000年から収集・展示してきました。今回は、各地方で独特な特徴を持った古典菊を約120品種と歴博で実生栽培したオリジナルの嵯峨菊、肥後菊など約50品種を展示いたします。今年度は「江戸の和本にみる菊」をテーマとして、重陽の節句と菊花、菊酒における不老長寿のイメージ、『雨月物語』における菊花の契りについてパネルで紹介します。

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【歴博】企画展示「ハワイ:日本人移民の150 年と憧れの島のなりたち」

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このたび、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)では、企画展示「ハワイ:日本人移民の150年と憧れの島のなりたち」を2019年10月29日(火)~12月26日(木)に開催いたします。

本展示では、日本で非常によく知られているハワイをめぐり、「観光・ハワイ」の側面だけではなく、日本からハワイに移住した人びとの歴史を、ハワイの近現代史、および日本・ハワイ交流史と併せて展示し、社会的・政治的な変化とともに、そこに日本人移民とその子孫たちがどのように位置づいたのかをたどります。

日本からハワイへの移民は、19世紀のプランテーション労働者としての移住に始まりました。その後、日本人移民およびその子孫の数は増え続け、生業も多様化し、ハワイには日系人社会が形成されていきました。これは、ハワイが経済的に発展を遂げた時代とも重なっていました。その過程で、日本人を含むさまざまなエスニックグループが流入し、ネイティブハワイアンの人口比は減少しました。日本人とその子孫の人口は、太平洋戦争開戦前にはハワイの全人口の3分の1を占めるまでになっていました。

真珠湾攻撃後、ハワイは戒厳令下に置かれるとともに、それまで以上に多くの米軍関係者がハワイに滞在するようになりました。そうしたなかで日本人・日系人の一部は敵性外国人として強制収容された一方で、多くの日系二世がアメリカ人として軍務につきました。そのなかには、ヨーロッパ戦線へと送られた者、日本語を理解できることから対日戦略に動員され、あるいは日本の占領に動員された者などがいました。

太平洋戦争/第二次世界大戦の終結後、1940年代後半から50年代にかけては、労働運動の盛り上がりと、Democratic Revolutionとも呼ばれる政治状況の変容、そしてアメリカ合衆国の第50 番目の州になるといった、大きな変化の中に置かれました。日本では、ハワイは憧れの観光地として注目を浴び、大衆文化の中に根づいていきました。冷戦、経済成長を時代背景に、今日の私たちが知るハワイのイメージの骨格が形成されました。

この歴史をたどることで、リゾート地としてよく知られたハワイをこれまでとは別の角度から見ることができるのはもちろんのこと、戦争や移民といった、人類にとって普遍的で、今日的でもある課題を考える糸口になるでしょう。この展示を通じて、ハワイを知ると同時に、今日の世界を考え直すきっかけをつかんでいただければと考えています。

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【民博】企画展「アルテ・ポプラル――メキシコの造形表現のいま」

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【⺠博】特別展「驚異と怪異――想像界の⽣きものたち」

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【歴博】第3展示室特集展示 『もの』からみる近世「伝統の朝顔」

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当館では、くらしの植物苑において変化朝顔を系統維持するとともに、1999年より毎年、特別企画「伝統の朝顔」展を開催してきました。本館においても、1999年・2000年には特別企画を、2008年には特集展示を開催して朝顔に関する歴史資料を公開してきました。

本年はくらしの植物苑の特別企画が20周年を迎えたことを記念して、第3展示室「「もの」からみる近世」において、館蔵品の中から、朝顔に関する図譜や園芸書、美術工芸品を選んで展示し、近世・近代における朝顔にまつわる文化を紹介します。

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【歴博】特集展⽰「もののけの夏―江⼾⽂化の中の幽霊・妖怪―」

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・美術史的あるいは民俗学的に価値の高い「百鬼(ひゃっき)夜行図(やぎょうず)」や「化物絵巻」など、国内有数の「怪談・妖怪コレクション」からお宝が続々出品!
・絵双六やカルタ絵などの玩具絵を通し妖怪が娯楽の中に溶け込んでいたことを垣間見ます
・幽霊をあつかい大がかりな仕掛けを用いた演目が江戸末期の歌舞伎で大人気だったことを紹介します
・無数の妖怪を描く「百鬼夜行」が、幕末の風刺画の中で大きな役割を担っていたことを紹介します

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【歴博】くらしの植物苑特別企画「伝統の朝顔 20年の歩み」

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朝顔は古くから多くの人々に親しまれてきました。特に江戸時代以降になると、文化・文政・天保期、嘉永・安政期、明治・大正期など、繰り返し朝顔ブームが訪れ、そのたびに葉と花の多様な変化や組み合わせを楽しむ変化朝顔(参考「豆知識」)がつくり出されてきました。これは今日の遺伝学でいう突然変異を見つけ出し、系統として確立するという、世界的に見ても特異なもので、特に幕末頃には多くの品種がつくり出されていたようです。

しかし、それらの中には、残念ながら単純な大輪朝顔の人気に圧倒されて、あまり知られることなく絶えてしまったものもあります。ただし、広くは栽培されなかったものの、一部の愛好家の努力によって大切に保存され、現在に伝えられたものも少なくありません。

そこで、江戸時代以降の独創的な知識と技術を駆使してつくり上げられた伝統の朝顔を広く知っていただき、人と植物との関わりを見るべく、当苑では1999年以降、歴史資料としてこれらの朝顔を展示してきました。

今年のテーマは「新しい朝顔」です。20周年を迎え、新たな出発にふさわしいテーマとして選びました。朝顔の変異が出現した歴史を江戸時代から平成に至るまで紹介し、その中で無弁花や萌黄、吹詰などの新しく見つかった系統についてパネルで解説します。

また、くらしの植物苑内のハウス、東(あずま)屋、よしず展示場に、当苑で栽培した鉢植えの朝顔を展示します。

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【歴博】第4展示室特集展示「よみがえる地域文化-岐路に立つ共同体(コミュニティ)のいま-」

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東日本大震災以降、日本列島はいつ災害に襲われてもおかしくないという認識が社会の隅々にまで浸透しつつあるように思われます。さらに地域社会の過疎化や高齢化にともなって、地域のなかで保持継承されてきたさまざまな資料が亡滅したり、著しい変容の危機にさらされたりしています。

しかしその一方で、地域文化の持続や復興に取り組もうとする営みもさまざまなかたちで行われています。今回の展示では、宮城県の気仙沼、福島県の只見、岩手県の岩泉、愛媛県の吉田(宇和島市)などにおける災害とそこからの復興のなかで、改めて確認されたさまざまな資料に光を当ててみます。

被災地における祭りの継続にまつわる努力や工夫、瓦礫の中から見いだされた資料からうかがえる地域のなかの交流関係、かろうじて亡滅から免れた資料の分析による新たな地域史の可能性、さらには生活の危機に対応する文化の伝統などを写真・映像などを交えて紹介し、それらを通じて現代における地域コミュニティの文化的可能性について考えてみたいと思います。

※なお、この特集展示は人間文化研究機構広領域連携型基幹研究「日本列島における地域社会変貌・災害からの地域文化の再構築」による成果発信の一環です。

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