vol.020 - インタビュー・シリーズ②『吉田憲司国立民族学博物館新館長』

vol.020 - インタビュー・シリーズ②

『吉田憲司国立民族学博物館新館長』

 

 

国立民族学博物館(以下、民博)では、2009年度から2016年度まで8年間館長を務めた須藤健一氏が退任し、2017年4月より吉田憲司氏が新館長に就任しました。

民博は、今年開館40周年を迎えるとともに、10年に及ぶ本館常設展示の全面的な改修を完了しました。これから、博物館として継続的に蓄積されてきた学術資源(標本資料や写真・動画などの映像音響資料、研究論文など)を活用し、さまざまな人びとの知的交流と発見、協働の場、いわゆる「知のフォーラム」をいかにして実現していくのか、人文機構長が新館長に抱負を伺いました。

 

インタビュアー

人間文化研究機構長 立本 成文

 

 

1. 館長としての抱負

(立本) 吉田先生がこの4月に館長に就任されて、まず、研究部の体制を完全に新しく改組されましたね。

 

(吉田) はい、4研究部体制にしました。人類科学の基礎分野の理論的研究を先導する「人類基礎理論研究部」、世界の諸地域におけるフィールドワークを基礎にしつつ、地域を超えた新たな視座から人類学的地域研究を打ち立てようという「超域フィールド科学研究部」。この二つがいわば基礎部門ということになります。そして応用部門としては、人類が直面する課題に対して、過去から未来を見通す通時的な視座から挑戦する「人類文明誌研究部」と、同じく人類が直面する課題に対して、地球規模の視点からアプローチする「グローバル現象研究部」があります。さらに、それらの研究活動を通じてみんぱくに蓄積された学術資源情報を国際的に発信し、人類共有の資源としての共有化を進める「学術資源研究開発センター」があります。いずれも、国内外の大学や研究機関、さらには研究や資料収集の直接の対象となった社会の人びと、すなわちソース・コミュニティの人びとと連携し、国際的なネットワークを通じた「協働」のもとで研究活動を展開していきます。

この改組を、名ばかりではなく実のあるものにしてくことが、まず私に課せられた仕事だろうと思っています。

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(立本) この改組で見えてくるのは、やはり文化人類学に取り組む民博の姿なのでしょうか。

 

(吉田) かつての文化人類学が売り物にしていたフィールドワークや異文化交流は、人類学の専売ではなくなってきました。われわれは文化人類学というものを間違いなく軸足としてもちつつ、さらにその関連分野を融合し、研究者を巻き込むような形で研究を進めていきます。

(立本) 今回の改組は結果が出るような手応えをお持ちだと思いますが、民博のミッションを遂行する上での館長としての抱負を伺いたいと思います。

 

(吉田) 開館から40年たって、民博が蓄積してきた標本資料は34万5000点になり、20世紀後半以降に築かれた文化人類学に特化した博物館のコレクションとしては世界最大のものになりました。梅棹忠夫初代館長が創設の頃から「世界第一級の博物館を目指す」と言っていたのですが、そうなったのだろうと思います。

 しかし、発信の面ではまだまだです。世界に向けて第一級の発信をしていくには、まずは言語の問題があります。一番大きいコンテンツはデータベースですが、これまで民博の標本資料などのデータベースは日本語だけで公開されてきました。そのデータベースの日英2言語化の作業はすでに開始しています。今後の取り組みとしては、多言語化による国際的な情報発信をぜひとも実現したいと思っています。

 

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2.「学術資源」活用のあらたな展開

 

(立本) その国際的な発信の方法として、民博では民博ではフォーラム型情報ミュージアムの構築に着手しておられますね。この事業では開館40周年を迎えた民博の何を発信するのでしょう。わかりやすく教えてください。

 

(吉田) 民博は、今年3月に本館展示の全面改修を完了することができましたが、これらの展示も次の新たな段階に進みます。展示内容の不断の更新は、今後も続けていきますが、同時に民博に今も蓄積され続けている学術資源情報を、展示を糸口にして利用者・研究者の皆さんの関心に応じて自由に引き出せるようにし、さらなる探究につなげていくシステムを今後数年かけて開発、構築していきます。そして、それと平行して進めているプロジェクトが、フォーラム型情報ミュージアムです。

このプロジェクトは、民博の所蔵する標本資料や写真・動画などの映像音響資料の情報を、国内外の研究者や利用者ばかりでなく、それらの資料をもともとつくっていた社会の人びと、あるいはそれが写真なら、その写真がもともと撮影された地域の人びと、すなわちソース・コミュニティの人びとと共有します。そしてそこから得られた知見を民博のデータベースに共同で付け加えていって充実させ、新しい共同研究や、共同の展示、コミュニティ活動の実現につなげていこうというものです。

 

(立本) デジタルデータバンクを作るということなのですね。具体的にはどのように事業を進めていくのでしょうか。

 

(吉田) 民博は標本資料等を里帰り展示の形で実際に現地にもっていって展示するという活動を、台湾や韓国ですでに実施しています。標本資料や、過去に現地で撮影された写真、動画をもっていって、現地の人々に新たな情報をつけてもらうこともありますし、現地の人びとに民博へ来ていただいて情報をつけてもらうこともあります。この活動は、人とモノ、人と人がそこで出会うことで発見があり、そこから新たな議論や挑戦が生まれていく、という「フォーラムとしてのミュージアム」のありかたを、博物館展示だけでなく、博物館の学術資源の蓄積や、さらには人類学の研究活動にまで徹底させていくものといえます。

 

(立本) この事業で新しい考え方は何でしょうか。

 

(吉田) 共同研究にしろ、特別研究にしろ、常に研究対象であるソース・コミュニティの人と一緒に発信していくという取り組みは、今までになかったと思うのです。研究者にはないようなさまざまな視点を、ソース・コミュニティの人たちからフィードバックしてもらうことで、今までにない新しい何かが生まれてくると思っています。

 

(立本) 文化人類学の研究対象は、一つの村のような小さな単位が主流をしめていましたので、フォーラム型情報ミュージアムはその村にとってはインパクトがあるかもしれませんね。しかし民博の展示はもっと広範囲の地域別の展示となっています。どう結び付けるのでしょう。

 

(吉田) 現在の文化人類学は、小規模な社会だけを対象にしているわけではありません。展示しているのはある特定の民族の村や町で収集してきた資料ですが、研究活動は世界全体をカバーしています。われわれが新しく作り上げた地域展示は、世界探究のためのプラットフォームだと考えています。ですから、民博を利用する皆さんには、展示資料を糸口として、フォーラム型情報ミュージアムなどのプロジェクトを通じてわれわれが蓄積してきた学術資源情報を、どんどん引っ張り出してもらいたいのです。そして自分なりにその情報を再構成することで、研究者であれば自分の新しい研究に展開していけるだろうし、一般の方であれば自分の関心に沿って世界に対する理解を作っていっていただけると思います。

私自身はこの三十数年間、南部アフリカの小さな村に滞在して調査をしていますが、その村を通じて、アフリカ大陸全体の文化や宗教の動きを見てきました。結局、その村で感じた疑問を出発点として、南部アフリカのすべての国を回って、現代の南部アフリカにおけるキリスト教の動きを追跡する羽目になりました。

 

(立本) 民博は、展示の新たな展開を今、構想されているわけですね。人文機構のもう一つの博物館、日本の歴史を体系的に展示している国立歴史民俗博物館(歴博)との在り方の違いは何でしょう。

 

(吉田) 民博にも歴博と同じように日本文化の展示がありまして、展示面積だけでいうと、民博の展示場の中で日本展示が一番広いのです。ですから歴博ができた時、民博の日本展示は要らないのではないかという議論も実はありました。でも、民博の日本展示はあくまで世界の中の日本文化を見つめようという意図で作っているものです。歴博のように自分たちの歴史をどんどん掘り下げて知ろうというのとは、意図と方向性がそもそも違います。

日本を起点にしてどんどん時間軸で掘り下げていく歴博と、日本を起点にして世界中を同時代の時間軸で見渡すという民博の両方の視点があって初めて、世界が丸ごと見えてくるのだろうと思います。日本の中にそういう二つの方向性を持った組織があるというのは大変な強みで、そこが東京国立博物館や京都国立博物館など独立行政法人の国立博物館群の在り方と違うところです。

 

(立本) 民博も歴博も、展示を非常に大事にしていますね。学術資源を活用するということでは、展示はわれわれの活動のごく一部なのですが、なぜか入館者数などで研究機関としての価値を測られてしまいます。民博にとって展示はどのような位置づけなのでしょう。

 

(吉田) 民博は大学共同利用機関として設立された機関です。あくまでも、民博に蓄積された学術資源を社会へ公開する回路の一つとして展示施設をもっているのだという点を外に向けてもいつも強調してきました。研究成果を公開することで社会との接点ができ、そこから批判を受けることで私たちの研究は鍛えられます。その意味で研究活動を支えるものとして、展示は非常に重要な活動だと思っています。

 

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3.人類学と人間文化の学

 

(立本) 学術は本来、人類が抱える問題に対する答えを導き出し、よりよく生きるためのものですが、21世紀の人類が抱える問題に、人間文化の学として、文化人類学はどのように貢献できるのでしょうか。

 

(吉田) 民博の特別研究は、「現代文明と人類の未来―環境・文化・人間」を統一テーマにして、まさに、現代文明が直面している課題を人類学の立場から再検証しようするものです。具体的には環境、食、文化衝突、文化遺産、それからマイノリティ、人口問題などのテーマを取り上げていきます。

われわれは今、文明の転換点に立ち会っているのだと思います。今まで中心とされてきた側が、周辺とされてきた側を一方的に支配するとか、一方的に研究するということがおこなわれてきたのですが、それがもはやできなくなっています。地球上のあらゆる所で、これまで中心とみなされてきた側と周辺と見なされてきた側との間で、創造的なものも破壊的なものも含めて、相互の接触や交錯が起こってきています。そのようななかで、偏狭なナショナリズムのようなものも頭をもたげてきています。こうした時代には、以前より一層、他者の文化に対して共感を持ちながら理解していくという人類学の知が、ますます重要になってくるだろうと思います。むしろ、こうした時代の特性を、問題とみるのでなく、最大限に活用し、民博の学術資源を広く世界に公開して、みんなで討論し、研究し、新しい方向を探し出す場にしようというというのが「フォーラムとしてのミュージアム」、そして人類学の在り方です。

 

(立本) 大学共同利用機関は、大学等研究機関に貢献するためにつくられていますが、人文機構には人文学のすべての専門分野がそろっているわけではありません。今はもっと重要な人文系の分野があるのではないか、という論調もある中で、文化人類学の研究所として民博が大学共同利用機関に存在する意味は何でしょうか。

 

(吉田) 人文機構には、歴博、国文学研究資料館、国立国語研究所、国際日本文化研究センターのように日本の文化に焦点を当てている機関と、民博や総合地球環境研究所のように世界を対象にしている機関があります。我々は、他者を見ることではじめて自分が見えてくるということがありますし、その逆もあります。人文機構は、そういう自他の研究の組織をワンセットで持っています。それが、人間文化機構の一番の強み、誇れるところだと思います。民博は、そうした人間を知るための一番根幹の部分を担う研究組織の一つとして存在していると考えています。

大学では、研究者の研究分野に合わせてコレクションがたまっていけば大学博物館を作りますが、民博のような世界全体を見渡せる施設を持っておくことはできません。民博は世界全体を見渡そうという意図のもとに、研究者の陣容、研究対象、コレクション、展示を持っています。このような施設は、アジアで唯一ですし、世界的に見てもごくわずかです。アジアにも民族学博物館はあるのですが、その国の民族を対象にした博物館や研究組織で、世界全体を見渡そうという機関は存在しません。

今後、民博はインターネット上にバーチャルミュージアムを築き、その展示を糸口にして学術資源情報を大学でも家庭でも自由に引き出せるようにしていきます。著作権等の問題でネットに載せることができないものは可搬型のビデオテークにして貸し出します。世界全体をカバーした学術資源の集積、発信の拠点となることが、日本における大学共同利用機関としての民博の使命だと考えています。

 

(立本) 民博は非常にたくさんの学術資源を持っておられるので、ぜひそういう面をもっとうまく、強力に発信していただきたいです。

吉田先生、本日はどうもありがとうございました。