vol.040 - 越境するマンガ - 大英博物館のマンガ展を契機に振り返る

国外で過去最大規模のマンガ展が2019年5月下旬から大英博物館で始まりました。

歴史も長く、格式の高い彼の大英博物館が、小説や演劇と比べると、やや軽いサブカルチャー的な「マンガ」という異国の文化について大規模な展示を開催。このことが日本やイギリスをはじめ、各所で反響を呼んでいます。

「マンガ」の影響は国境をまたぐだけではなく、ジャンルを超えて見られます。その一つが映画です。今回、英国のセインズベリー日本藝術研究所で映画研究を進めている北浦寛之フェローに、大英博物館のマンガ展を観覧した感想やレセプションに招待されて参加した感想、映画製作におけるマンガの影響などを伺いしました。

 


 

マンガ展をご覧になって、何が印象に残りましたか。

展示の導入部と “The Art of Manga”というマンガの芸術的な側面に注目したコーナーが印象的でした。

会場に入るとイギリスの代表的な小説「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル作)のアリスのことばに出迎えられます。「絵や会話のない本なんて、なんの役にもたたないじゃないの」と。そして、アリスをモチーフにした日本のマンガ作品の展示が続きます。絵や会話のない本とは、ここでは小説などの伝統的なイギリスの活字文化のことです。イギリスのこれまでの活字文化から、絵や会話で成り立つ日本のマンガ文化へアリスを題材に橋渡しする、そんな日英を融合した導入部が印象に残りました。

また、“The Art of Manga”ではマンガは単に子ども向けの娯楽という見解に対して、芸術的な要素も認められるのではないか、と主張しているように感じました。マンガについて、新しい視点を提供しようとする大英博物館側の意志が現れていたように思います。

 

近年、マンガを原作とした日本の映画が増えているように思いますが、こういった変化の背景は何ですか。

昔は、映画会社は自社のスタジオで、専属契約を結ぶ監督やスタッフ、俳優と共に単独で映画を作り、契約を結ぶ映画館に配給し、利益をあげていました。これを撮影所システムといいます。このシステムが、映画産業が低迷する70年代頃から機能しなくなります。

それと入れ替わって、出版社やテレビ局が映画製作に乗り出します。今はもう、多様な産業が映画製作に乗り出していて、そのひとつがマンガの出版社です。映画会社や出版社など複数の企業が共同で映画を作る「製作委員会」が商業映画では常態化しています。映画会社は人気のマンガを映画化して映画をヒットさせることを目論み、出版社は映画化されることで、マンガの販売につなげる思惑があります。このような流れが2000年代以降顕著になり、マンガを原作とした映画がグッと増えました。

 

セインズベリー日本藝術研究所では、どのような研究に取り組まれていますか。

映画やアニメが戦後、どのように世界に出ていったのかを調べています。たとえば、50年代後半から日本映画の国内市場が縮小し、映画会社は以前よりも海外に目を向けるようになります。イギリスの件でいうと、メジャーの一角である松竹は60年に、現地の配給会社と契約を結んで、イギリスの映画市場の開拓を図りました。

 

日本のアニメや映画の世界的な流行は、クールジャパン戦略など、ここ10年ほどの取り組みの中で実った成果と考えていましたが、そうではないのでしょうか。

そうですね。日本のアニメや映画の世界的な展開は、もっと前からあったという視点は重要だと考えています。もちろん、クールジャパン戦略のように政府主導で海外に目を向けようという意識はあるのも間違いありません。しかし、たとえば、東映動画(現・東映アニメーション)という、手塚治虫や宮崎駿とゆかりのある大手映画会社である東映の子会社は、1956年に設立され、以後、アニメ(動画)の輸出が大きなミッションになりました。

ですから、日本のアニメや映画の現状を分析するうえで、歴史的な背景を紐解いていくことは欠かせません。日本のアニメや映画の世界的な展開について理解を深めようと、今ちょうどイギリスや日本の研究者と議論するワークショップを企画しているところです(インタビュー時、7月に開催済み)。

 


 

マンガ展のレセプションではピカチュウの着ぐるみが出迎えてくれたと話す北浦フェロー。こうしたキャラクターの存在が、マンガが国境を越えたり、メディアを超えてアニメや映画の原作として利用されたりする上で重要な役割を果たしていると考えています。

日本を飛び出して、イギリスという異文化で映画研究を進める北浦フェロー。国境の次は、どんな境界を越えて、映画やアニメ研究にのぞむのでしょうか。

(聞き手:高祖歩美)
 

 

大英博物館のマンガ展(会期:2019年5月23日〜8月26日)の様子

 

2019年7月に開催したワークショップ「Historical Perspectives on the Distribution and
Adaptation of Japanese Live Action Films and Anime Overseas(日本の実写映画とアニメの
海外配給とアダプテーション(翻案)に関する歴史的視点)」の様子

 

 

セインズベリー日本藝術研究所 北浦寛之フェロー
専門は、映画・メディア学。2013年京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。国際日本文化研究センター助教を経て、2018年より現職。代表的な著作に「テレビ成長期の日本映画 -メディア間交渉のなかのドラマ」(名古屋大学出版会、2018年)。現在、京都新聞で「英国の“小京都”から:ノリッジの日本研究と周辺」を連載中。