vol.051 - 人文知コミュニケーターにインタビュー!新永悠人(にいなが ゆうと)さん

方言版異言語脱出ゲーム開発秘話

 

人間文化研究機構(以下、人文機構)は、人と人との共生、自然と人間の調和をめざし、さまざまな角度から人間文化を研究しています。人間文化の研究を深めるうえで、社会と研究現場とのやり取りを重ねていくことが何よりも重要だと考えています。
そこで人文機構では、一般の方々に向けたさまざまな研究交流イベントを開催しているほか、社会と研究者の「双方向コミュニケーション」を目指す人文知コミュニケーターの育成をおこなっています。
人文知コミュニケーターとはどのような人物か?どういった活動を展開しているのか?をシリーズにてお伝えしております。

第4回目は、人間文化研究機構・国立国語研究所新永悠人さんです。新永さんは、前回ご紹介した金セッピョルさんと同じく、2017年から史上初の人文知コミュニケーターとしてさまざまな取り組みをされてきました。その集大成として、2020年2月9日 (日)に開催された、方言版異言語脱出ゲーム「紡がれるもの~おじぃとおばぁと僕の物語~」(可視化・高度化連携事業助成)についてご紹介します。

 


 

いやー、実際に参加してみて本当に面白かったです、方言版異言語脱出ゲーム。いったいどのような経緯でこの企画が生まれ、異言語Lab.さんとのコラボで実現されたのですか?

ありがとうございます。「方言」×「脱出ゲーム」という組み合わせを最初に考えたのは、国立国語研究所(以下、国語研)の同僚であり、琉球語の研究仲間でもある中川奈津子(なかがわ・なつこ)さんです。2019年の初頭に、子供向けの研究公開に関する、とある科研の公募がありました。僕が「子どもが方言で遊べるゲームを作れたらなぁ」と思い、中川さんに相談に行ったところ、彼女が「脱出ゲームって良くない?」と言って、「方言脱出ゲーム」というテーマで企画書を書いてくれたんです。結局その予算への応募は取りやめになったんですけど、その直後に人文機構の可視化高度化連携事業助成の公募があり、急遽僕が企画書を本事業用に書き換えたものを提出したところ、運よく採択されました。

最初に「脱出ゲーム」と聞いたとき、「そういえば、手話と脱出ゲームを組み合わせたイベントがあったなぁ」ということを僕が思い出し、そのイベント(異言語Lab.が2018年9月に開催した「5ミリの恋物語」)の主催者に相談しようということになりました。そこで、異言語Lab.の代表者である菊永ふみ(きくなが・ふみ)さんにメールを送り、企画の実現に向けての助力を依頼しました。

方言は基本的には文字を持たない音声言語です。一方で、菊永さんは視覚言語(手話)を母語とするろう者です。そこで当初は、脱出ゲームの謎(パズル)自体は別の方(聴者のパズル製作者)に依頼する予定だったのですが、最終的にはゲーム全体の構成から、謎の作成、お試し公演・本公演の運営までのすべてを菊永さんを中心とする異言語Lab.にお願いすることになりました。琉球の方言には文字にするのが難しい発音もあるのですが、なんとかそれを平仮名にしつつ、謎を作成していただきました。

 

10チームがそれぞれに方言を駆使して謎解き中

 

この方言を用いた脱出ゲームのねらいや目的について教えてください。

僕は大学院時代から13年ほど奄美大島の言葉を研究しています。僕にとっては年配の方々が話す方言が学問的に最高におもしろいわけです。しかし、地元の、特に20代以下の若者にとっては、ほとんど興味の無いものになっていて、もちろん彼ら・彼女らは年配層の方言を聞いて理解することも、話すこともできません。では、孫世代と祖父母世代はどのように意思疎通を図るのかというと、いわゆる共通語で会話します。僕としては自分の研究対象である方言のおもしろさを自分以外の人に、特に地元の方たちに伝えたいわけですが、方言というと「古き良きもの」というイメージが強くて、講演会などで方言について話をする機会をいただいても、もともとそういう「文化」や「伝統」に関心のある人たちしか来ていただけないという葛藤がありました。

僕としては、できれば地元の方言がいつまでもその地で話されていて欲しいわけですが、それを地元の人々に強いる気持ちは全くありません。この社会が「共通語が話せないと生きにくい」社会である以上、この社会で生きる人々が伝統的な方言よりも共通語を必要不可欠と考えることは当然ですし、その過程で方言への興味関心が薄まるのも当然のことだと思っています。しかし、僕は偶然にも言語学という視点から方言を捉える術を知り、方言というのは「人間の言語能力の可能性の広がりを示す貴重な実例」であるという視点を得ました。言い換えれば、方言とは「古き良きもの」であるだけではなく、「未知の面白きもの」であり、フィールドワークを通してそのことを実感し続けて来ました。

そこで、願わくは地元の人々が、あるいは方言に全く興味を持ってない人々が、その方言の「未知の面白さ」に気付いてくれたら良いなと思っていたところ、今回の「方言脱出ゲーム」の機会が訪れました。このゲームの目的は、かっこよく言うと、「人間の作った謎(パズル)を通して、その先にある自然が作った謎(言語の仕組み)を知り、驚くこと」です。今回、国語研と異言語Lab.が協力して作ったパズルには、実際に琉球列島で話されている方言同士の音の対応や、文法を反映させたものが多くあります。ゲームの参加者は普通にパズルを解いて、ゴールを目指すわけですが、そうやってゲームに参加しているうちに、知らぬ間にこの世界の実際の方言の仕組みの豊かさに触れているというわけです。このゲームのおかげで、これまで方言に興味を持っていなかった人々に方言の面白さを伝えることが少しだけ実現できたと思っています。

情報集めには方言が必須。あまー方言で応える新永さん

 

本公演の前に何度もデバッグ公演をされていましたね。より良い内容にしていくうえで、苦労した点あるいは工夫した点があればお聞かせください。

最初にお伝えしたように、今回の方言脱出ゲームは全面的に異言語Lab.さんに協力していただきました(最終的には、異言語Lab.の登録商標である「異言語脱出ゲーム」の一種として、「方言版異言語脱出ゲーム」という名称をいただきました)。国語研側は僕が代表を務め、先ほどの中川さんにはサブリーダー、さらに同じく琉球語研究仲間である山田真寛(やまだ・まさひろ)さんにもメンバーとして参加してもらいました。しかし、国語研メンバーは全員方言の研究者ではありますが、脱出ゲームについては完全な素人です。本番公演の前にお試し公演(デバッグ公演)を複数回行う必要があることも、異言語Lab.に言われて初めて知りました。デバッグ公演を行うたびに参加者から様々な意見をもらうことができ、デバッグ公演をすることの大切さを強く実感しました。

デバッグ公演を踏まえた改善点については、僕よりも異言語Lab.の菊永さんからの方が何倍も具体的で面白いお話が聞けると思います。ゲーム制作のために、国語研側はストーリーのアイデア、各島の文化、パズルに使えそうな方言知識などを提供し、それをもとに菊永さんが全体のストーリーや個々のパズルを考えてくださったのですが、ミーティングやお試し公演を重ねるたびに菊永さんが具体的・魅力的な提案をし、形にしていくことに本当に驚きました。

しかし、敢えてデバッグ公演を踏まえた改善点のなかで僕の印象に残っていることを挙げるとすれば、「物語の世界観を維持することの大切さ」でしょうか。1つの脱出ゲームには通常1つの物語があります。今回の我々のゲームで言えば、琉球にある「いしー島」という架空の島を舞台にして、主人公がタイムスリップをし、現代に戻るために試行錯誤するという物語です。ゲームを作り、運営する側は、ゲームの参加者が一度その物語に入ったら、できる限りその世界観の中で楽しむことができるようにすべきだ、というのがそのアドバイスの骨子でした。そのアドバイスをくれたのは脱出ゲームの常連で、自身も運営側に立ったこともある二人組でしたが、そのお陰でさらにゲームの内容が魅力的になったと思っています。

 

アンケート回答率も100%に近かったようですが、本公演に参加した一般の方々の反応はいかがでしたか?

40名の定員に70名の応募をいただき、厳選なる抽選(中身の見えない箱に名前を書いた紙を入れてくじ引き)の結果40名の方を絞り込みました。直前にキャンセルの方などがいらしたため、当日お越しいただいたのは36名の方でしたが、全員がアンケート用紙に回答してくださいました。制作・運営サイドとして嬉しかったことは、「今後も異言語脱出ゲームに参加したいと思いますか?」という質問(対する回答は「はい」、「いいえ」、「どちらでもない」の三択)に対して、35名の方が「はい」と答えてくれたことでした。残りの1名の方は「どちらでもない」で、コメントの最後に「ちょっとはできたけどむずかしかったです。(母代筆)」とあったので、当日参加した2名の小学生の1人だったろうと思っています。推奨年齢が高校生以上のゲームだったので、やはり小学生には難しかったというのが実感として分かりました。満足度も10段階評価(10が一番満足度が高く、1が一番低い)で尋ねましたが、一番高かった評価は10で12名、一番低かった評価は5で2名、89%(32名)の方は8以上の評価をくださいました。

個人的に一番嬉しかったのは、方言の仕組みの面白さに気づいたというコメントです。「ルールに基づいた変化があり、興味深かった」、「方言にも法則性がある事など様々な学びがあった」、「なまり方にも意味(ルール)があるのはおもしろかった」、「違う方言でも、文法?というか、共通の決まりを理解することでわかるようになると知った」。これらのことを参加者が遊びながら、自ら発見して気づいてくれたということが、僕としてはとても嬉しいことでしたし、今回のゲーム作成の目的がある程度は達成できたと考えています。

公演後のツイッターにも「自然に楽しく方言を学べるし、謎の導線も演出も練られていて、とても良いイベントでした!すでに舞台となった地域に愛着が湧いています」、「方言学というと、かたくて難しいイメージですが、方言のルールや方言を使ったコミュニケーションを取り入れたゲームで、方言を身近に楽しめた2時間でした」という言葉が載せられていて、安堵とともに、本当にやって良かったなぁ、と感じています。

 

最後に、人文知コミュニケーターの経験を活かして今後、研究や活動にどのように取り組みたいかお聞かせください。

今回の「方言版異言語脱出ゲーム」は、この3年間近く試行錯誤して来た「人文知コミュニケーション」の実践例の1つです。僕は、お金にもならず、人助けの役にも立たない、いわゆる「虚学」を研究する者の1人ですが、その虚学の存在意義は、「なぜお金を稼ぐのか」、「なぜ長生きをするのか」の「なぜ」に関わるものだと思っています。この自然界、あるいは人間の心と体、社会について知る権利が万人にあるし、また誰しもそのような知的好奇心を持っていると僕は考えています(もちろん、ここでいう「人間」は特定の個人のプライバシー・私生活を指しません。あくまで、公的な側面における人間を指します)。お金を稼ぐのも、長生きするのも、結局は、できれば苦しみを避け、喜びを味わうためだと思うのですが、その喜びの根本的なものの1つに、この世界を知ること、その魅力に驚くことがあると思います。

そして、そのような世界の謎の1つである言葉の仕組み、方言の魅力を知ることは僕が研究を続ける根本的な動機ですし、その魅力を自分以外の人に(専門家にも、非専門家にも)伝えること、届くようにすることが、自分の責務だと考えています。その責務の一部(非専門家に自らの研究の魅力を伝えること)を「人文知コミュニケーション」と呼ぶのであれば、人文知を研究する者すべてが人文知コミュニケーションを行う責任があると思っています。またそのような意味では、歴史的に既に多くの「人文知コミュニケーター」が居たし、今現在も居ると言えます。僕はかりそめに、公的機関が認めたものとしては「歴史上初の人文知コミュニケーター」になり、この3年近くを過ごして来ましたが、先に述べた根本的な意味では、新米に過ぎず、これからも日々自らの研究を磨き、それを万人が共有可能な形にしていかなければならないと考えています。

少し話が硬くなりましたが、人文知の伝え方は無限の可能性があって良いし、それを具体的に示せたのが今回の「方言版異言語脱出ゲーム」なのではと思っています。その実現に関わってくださった方たちに本当に感謝しています。異言語Lab.の皆さん、国語研の2人はもちろんのこと、スタッフとして参加してくださった2名の立教大学の学生さん、会場を提供し多様な協力をしてくださった成城大学の竹内史郎(たけうち・しろう)さん、登場人物の声を吹き込んでくれた広島経済大学の重野裕美(しげの・ひろみ)さん、そのほか直接的、間接的に協力してくださった皆様に心から御礼申し上げます。ふがらさ(与那国方言)、にーへーゆー(石垣白保方言)、あいぎゃとーさま(奄美湯湾方言)!!

(聞き手:堀田あゆみ)

 


方言版異言語脱出ゲーム「紡がれるもの~おじぃとおばぁと僕の物語~」の概要
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日時:2020年2月9日 (日) 14:00~15:30
場所:成城大学3号館 1階 学生ホール
コンテンツ企画・提供:一般社団法人異言語Lab.
主催:大学共同利用機関法人人間文化研究機構国立国語研究所


本公演の会場にて、あまー島民として参加者を迎える
新永悠人(にいなが ゆうと)さん
人間文化研究機構総合情報発信センター研究員(人文知コミュニケーター)
国立国語研究所 言語変異研究領域 特任助教

2014年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了〔博士(文学)〕。成城大学などの非常勤講師を経て2017年7月から現職。研究テーマは、記述言語学、北琉球諸方言(特に、鹿児島県の奄美大島湯湾方言、沖縄県の久高島方言)。