技術からのアプローチ ―展示とワークショップを通しての異文化理解
平成21年10月15日
国立民族学博物館 助教
上羽 陽子
ここ数年、取り組んでいることがある。長年、調査を続けているインド牧畜社会の刺繍技術をどのように研究者や一般の人びとへ伝えることができるかである。文化資源である現地の人びとのものづくりに関する知識を、どのように活用することができるか、さらに共同利用や社会還元への可能性を展示やワークショップを通じて提示することができないかと考えている。
昨年、「技術はいかに展示できるか」をテーマに、国立民族学博物館(以下、民博)企画展「インド刺繍布のきらめき―バシン・コレクションに見る手仕事の世界(平成20年10月9日~平成21年3月31日 実行委員長・三尾稔准教授)」において、刺繍布に施される刺繍技術の特徴を、文字による解説ではなく、布と糸、針を使って工程を再現した刺繍技術解説パネルの作成を試みた(写真01)。
同企画展は、インド手工芸開発にとりくんできたB.B.バシン氏の所蔵品のうち、平成19年度に約360点が民博に収集されたことに起因している。展示内容は、約100点の刺繍布を用いて、主な制作地であるグジャラート州の女性の手仕事をとりまく社会背景や、バシン氏の手工芸開発に関する仕事を通して、変動するインド社会において手仕事を継承する人びとの営みを紹介するものであった。
インド西部の刺繍布の特徴は、少ない糸や布を巧みに利用していることや、多様な刺繍技術が1枚の刺繍布に施されていること、さらに、ガラスミラーや子安貝、ボタンなどさまざまな素材によって構成されていることである。これらの特徴は、この地域の社会背景や生活の中から生まれたものである。そのため、来館者に刺繍布の特徴を理解してもらうことが、同地域の社会と文化の理解促進につながると考えた。企画展では、刺繍布を特徴ごとに分けてグループ展示をおこなった。そして、各グループの前に技術的特徴を示した刺繍技術解説パネルを提示した(写真02)。

グループ分けした刺繍布の前に提示した刺繍技術解説パネル(写真02)
会期中は、針運びが表と裏の両方から観察できる刺繍技術解説パネルを、ゆっくりじっくり眺める来館者の姿を見ることができた。また、一般の来館者以外にもインドをフィールドとする文化人類学者や染織研究者からも多くの意見をいただいた。
また、このパネルは、持ち運びが可能な形にした。 目的は、企画展が終了しても民博に保管し、研究者、教員、学生、職人、作家、一般の人びと、さらには現地の人びとを巻き込んで、 それぞれの在来知識と学術標本資料を相乗的に活用するワークショップを実施するためであった。
さっそく、企画展終了後、機会が訪れた。神戸ファッション美術館の『超絶刺繍―ヨーロッパ・インド・日本のわざ』展(平成21年7月16日~10月12日)においてインドの刺繍技術の解説として、民博で作成した刺繍技術解説パネル15枚が貸し出され、展示された(写真03)。また、私は、展覧会の関連ワークショップとして、「インド西部の刺繍布を再現してみよう!」を企画・実施した。このワークショップは、会期中の3ヶ月間をかけて3回連続講座としておこなった。参加者は刺繍経験者に限り、定員8名の事前申し込み制である。目的は、私自身が刺繍技術を参加者に指導するのではなく、再現する刺繍布と解説パネルを丹念に観察し、参加者自身が技術を解読することである。(写真04,05)。

神戸ファッション美術館の展示風景(写真03)

お手本の刺繍布を手がかりに技術を解読する参加者(写真04)

解説パネルを手がかりに技術を解読する参加者(写真05)

(写真06)

(写真07)

(写真08)
ワークショップの最後には、展示とは何かといった点についても考えるために、お手本にした刺繍布と再現した刺繍布を美術館に展示した。展示作業は、参加者自身でおこない、何を展示するか、キャプションには何を明記するかといった点についてもディスカッションした。
今回は、民博において企画作成された展示ツールが、他の美術館で活用されるという事例であったが、今後も展示やワークショップを通じて、異文化理解を目的とした実践的研究をおこなっていきたいと考えている。

展示作業(写真09)

途中経過が判るように記録したノートなども展示した(写真10)
著者プロフィール
国立民族学博物館文化資源研究センター・助教。
大阪芸術大学大学院芸術文化研究科博士課程修了、芸術文化学博士。
専門分野は民族芸術学、染織研究。インドを中心に牧畜を生業とする人びとのものづくりについて研究している。最近は、ラクダやヤギなどの毛を、人びとがどのように利用しているかに注目している。
著書に『インド・ラバーリー社会の染織と儀礼―ラクダとともに生きる人びと』(2006年、昭和堂)。
