No.008 - エコヘルスコロキュウム2016

エコヘルスコロキュウム2016

 

人間文化研究機構・理事 佐藤洋一郎

 

 人間文化研究機構(人文機構)は、日本学術振興会ボン研究連絡センター(JSPS-Bonn)およびスイス熱帯公衆衛生研究所(Swiss TPH)との共催により、エコヘルスコロキュウム2016 (2017年1月11日-12日)をスイス・バーゼルで開催した。

 エコヘルスとは、人間の健康をそれ単独ではなく、周囲の環境の持続可能性などと一体的に考えようという考え方である。たとえば昆虫媒介感染症の制御には当該昆虫の撲滅が有効な手段のひとつだが、かといってDDTを大量に散布する方法では周囲の生態系に深刻な影響を及ぼす。また、家畜とのかかわりが比較的弱い日本ではあまり注目されてこなかったことだが、家畜とヒトの一体的な感染症予防の重要性が、とくに鳥インフルエンザやクロイツフェルトヤコブ病の出現などによって強く意識されるようになってきている。こうした問題意識から、人文機構は、その1機関である地球研を代表機関として「アジアにおける『エコヘルス』研究の新展開」という研究プロジェクトを2016年から立ち上げている。

 コロキュウムでは、日本、スイスなどの研究者17人が「21世紀のエコヘルス」、「食と安全」、「アフリカセッション」のテーマに基づいて2日にわたり熱心に討議した。議論の方法として「サイエンスカフェ」の方法が取り入れられ、参加者が3つのグループに分かれて、集中的な意見交換をおこなった。今回のコロキュウムの一つの特徴は、『食』の問題を取り入れたところにある。人文機構の研究プロジェクトでも食の問題は大きく取り上げられているが、「医食同源」の語にあるように食は医療の中心をなす部分である。当然食と健康は分かちがたく結びついており、今回もこれを強く意識したものである。

 テーマを越えて多くの研究者が関心を示したのが「倫理」であった。これまでの、とくに自然科学を中心とする研究では、健康に関する研究はとかく医療技術面での検討が中心となることが多かったが、健康や食に関する問題では倫理学や宗教学などの人文学の参画が欠かせない。とくに研究成果が行政上の施策などを通じてよりよい社会の実現に向けて使われるいわゆる「社会還元」を考えようとすれば、医療技術面からだけのおしつけともいえる研究成果の展開はもはや有害でさえある。さらに倫理の面では、資源利用の世代間衡平、生命倫理などの論点からの検討なしに今後の「エコヘルス」研究はないとの漠然とした思いが研究者の意識の底流にあったようで、本コロキウムはそれを掘り起こすきっかけとなった。

 なお日本からは、人文機構(地球研)のほか、東大、東北大、酪農学園大、長崎大からの参加があった。

 

 

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参加者の集合写真(2017年1月11日 スイス熱帯公衆衛生研究所)