vol.024 - インタビュー・シリーズ③『田窪行則 国立国語研究所新所長』

vol.024 - インタビュー・シリーズ③

『田窪行則 国立国語研究所新所長』

 

国立国語研究所(以下、国語研)では、2009年に独立行政法人から大学共同利用機関法人に移管されて以降、2017年まで8年間所長を務めた影山太郎氏が退任し、2017年10月より田窪行則氏が新所長に就任しました。

国語研は、今年創立70周年を迎えます。開所以来、様々な地域,また時代にわたる日本語のあり方を把握・記録するとともに、資料として整備し、データベースとして提供してきました。このような、長期にわたる基礎研究を積み重ね、充実させていくとともに、大学共同利用機関として、6年単位の中期目標・中期計画による短期的な成果をいかに発信していくのか、人文機構長が新所長に抱負を伺いました。

インタビュアー

人間文化研究機構長 立本 成文

 

1.法人第3期における抱負と見通し


(立本) 国語研は独立行政法人から大学共同利用機関法人への移管という大変な試練を経て、8年間で世界に誇れる言語研究機関になったと、私どもは認識しておりますが、田窪所長はどのように評価されていますか。

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(田窪) そうですね。独立行政法人時代は非常に立派な仕事がたくさん出て、世界に誇れるようなものが幾つもあったと思いますが、残念ながら海外に向けた研究成果の発信はあまりやってこられなかったようです。影山前所長になってから、その部分を直そうということで、影山前所長ご自身も英語が堪能だということもあって、非常に多くの英文の刊行物を出されて、国際的な評価は非常に高まっていると思います。

 

(立本) 2016年度から始まった法人第3期中期目標・中期計画期間もあと残り4年というところですが、この第3期中の抱負を教えて下さい。

 

(田窪) 国語研は、今年の12月で創立70周年を迎え、再来年度の10月1日には大学共同利用機関として10周年を迎えます。ですから、10周年と70周年を併せて、さまざまな催し物を半年ぐらいかけて開催します。独立行政法人時代の国語研も含めて、これまでの国語研を総括して、将来に向けて歩き出すというふうなことを考えて、今、計画中です。

 

(立本) そうですか。ではその創立記念の催し物も含めて、影山前所長が掲げた第3期の目標を遂行していくということですね。

 

(田窪) そうですね。第3期は半分ぐらい、私は運営委員として関わっていますけれども、「データに基づく言語研究」というのが全体を貫くテーマになると思います。さまざまな分野、領域に関して行っていくということになると思います。同時に、その中から発展性のあるものを幾つか取り出して、並行して第4期に向けた計画を立てていくということになるかと思います。

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2.国語研の言語学研究

 

(立本) これから、そういう抱負に基づいて国語研を運営していただくわけですけれども、そのときに、独立行政法人のころと、大学共同利用機関法人になった現在とのミッションの違い、それを簡潔に言えば、国語研究か言語学かということになるとおもいますが、その辺をご説明いただけますか。今、研究所としては国立国語研究所という言葉を使っていますけれども。

 

(田窪) 影山前所長は、本当は言語学研究所という名称にしたかったのかもしれないですね。国語というと、ちょっと狭すぎる。

 例えば日本語学会は、前は国語学会といっていたのです。日本語を相対化して世界の言語の中で日本語をみようという日本語学会派と、いわゆる文献に基づいた「国語」としての日本語研究を強く主張する国語学会派との対立があって、それで会員の投票によって日本語学会に変えたのです。そのときに、日本語を相対化してしまうのが嫌な何人かの人は辞めたと聞いています。国語研はどうすべきか、という議論には、私自身が加わっていないので、どう申し上げていいか分からないですけれども。

 

(立本) 国語研は、いろいろな調査をされてきて、データといった資産があるわけで、そのデータの一部はコーパスとしてずっと提供し続けていますね。国語研の言葉自体の、あるいは言葉の制度のような調査研究や、言語学の調査研究について、ご紹介いただけますか。

 

(田窪) 国語研の、例えば60年代の研究に、『話しことばの文型(1)』(国立国語研究所報告 第18、1960年)というのがあります。これは非常に理論的なものです。例えば南不二男先生(注1)は、彼独自の言語理論を出しています。それから50年以上たっていますが、いまだにその理論に基づいて研究が積み重なっていて、やっと世界の言語学が彼の研究に追い付いたという感じですね。今、非常に盛んに行われているような、階層構造に基づいた言語研究も、南先生が『話しことばの文型(2)』(国立国語研究所報告 第23、1963年)において積み重ねた理論的研究に基づいて、日本でも、世界でも研究されています。私自身も、それに関して幾つか論文を書いたことがあります。

 

(立本) ぜひ、そういった70年の歴史、伝統という面を、田窪所長のリーダーシップの下で発掘して、発信していただければと思います。

 

(田窪) そうですね。例えば柴田武先生(注2)や徳川宗賢先生(注3)といった言語学の先生方が中心になって、全国調査をやって作られた方言文法地図や単語地図といった言語地図がたくさんあります。今、それをデジタル化して、新しい比較言語学的資料を作って、それに基づいて、近代的な生物学に基づいた系統関係の証明に使うという研究があります。データの蓄積がないとできなかった研究で、国語研のデータの収集量というのは、ものすごいものです。

 

(立本) そうですね。ものすごく古いものもあり、素人目にも素晴らしいと見えます。

 

(田窪) でも、全データのほんの一部しか公開されていないのです。今でも整理している最中です。

 

(立本) いつごろからデジタル化を始めているのですか。

 

(田窪) もう、ずっとやっています。70年間の歴史の最初のころから、コンピューターと統計を使ってやっていました。理系の計算機科学の方を雇ってデジタル化するというだけでなく、計算、統計など、文理が完全に融合したようなことを、ずっと大昔からやっているのが国語研ですね。

 

(立本) そういうふうな下地があって、今、情報学や何かとの共同研究とか、プロジェクトもやっておられるのですね。

 

(田窪) そうですね。統数研との共同研究は、非常に古くからあるはずですね。方言調査に関する計画、データ処理を統数研と一緒にやっています。

 

(立本) 国語研の方言研究はどのような発展の方向性を考えておられますか?

 

(田窪) 方言の研究では基本的に、方言を一つの言語として見て記述しています。日本には方言が1000単位であるのですけれども、それぞれ一つの言語体系としてみるというのが言語学的な立場です。それはいわゆる方言学とは違うのです。

方言学は対照言語学的にやるので、日本語共通語みたいなものが基準にあって、それとの違いでみるのですけれども。国語研で言語学的な態度が取れるかは、ちょっと分からないですけれども、今の若い人はそういう訓練を受けています。例えば一つの地域に入れば、その言語全体を記述する。辞書を作って、文法書を作って、テキストを作る。それをデジタル化した資料を作る。音声も映像も録画する。そういった総体で一つの言語を記述する。

 さらに方言研究は、危機方言、危機言語という視点があるので、単に記述するだけでは済まなくて、もし地方のコミュニティが、方言を活性化させたいというのであれば、そのお手伝いをする。そのための手法を研究するということもあります。


今の国語研のミッションは、どちらかといえばそちらの方に軸足を移しつつありますね。若い言語研究者は、実はみんないわゆる方言学ではなくて言語学の訓練を受けていますので、完全に言語を体系的に記述するのと同時に、言語活性のためにどうしたらいいか、コミュニティと一緒に考えているような人たちが、たくさんいますね。

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3.国語研の日本語教育

 

(立本) 日本語教育とか、教育方法自体の研究というのは、いろいろな大学や研究所で取り組まれている状況で、大学共同利用機関として、国語研では何が柱になるとお考えですか?

 

(田窪) 今、国語研でやっている日本語教育は、教育方法の研究とかではなくて、外国人の話す日本語の特徴を抽出して、それを研究として行って、その成果を日本語教育に生かすという形です。それともう一つは、教科書に出てくる日本語ではなくて、実際にわれわれがしゃべっているリアルな日本語を取り出して、実際の日本語教育に生かすということもやっていますね。外国人の話す日本語、あるいは外国人が学ぶべき日本語、それと、外国人が日本語を学ぶときに、どういうところが難しいのかということを経年的に研究するという、基礎研究に近いものです。それは国語研以外では、多分どこもやらないですよね。日本語教育を実践している人たちは、そういう余裕はないですからね。日本語教育は非常に疲れるのです。

 

(立本) 先生は、韓国で日本語教育をされていましたね。

 

(田窪) 韓国で2年、神戸大で8年、合わせて10年です。日本における日本語教育では、外国語が使えないのです。インドネシアと中国とアメリカの生徒がいたら、アメリカの人には英語で、中国の人には中国語で、インドネシアの人にはインドネシア語でしゃべるということはできないでしょう。ですから、日本語だけで日本語教育をしないといけない。どうやって、まだ習っていない日本語を通じさせるか。上手な先生方はいろいろな工夫をされるのですけれども。

 

(立本) 大変なご苦労をされて(笑)。

 

(田窪) それで今ちょっと考えているのは、岡崎の生理学研究所との共同研究です。ものが通じるということは、言葉で通じているのではなくて、しゃべる前にある程度、了解して通じ合って、ラポール(相互信頼の関係)が成立していて通じ合うので、そのメカニズムを生理研の脳科学者と一緒にやれないかと計画しているのです。

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4.大学共同利用機関としての方向性

 

(立本) そうですか。今は機構外の研究機関との連携が求められていますが、機構内の他機関との連携というのは、どのように考えられているのですか。

 

(田窪) どれくらい連携できる部分があるのか、まだ模索している段階ですかね。今、国文学研究資料館(国文研)とは幾つか協力関係がありますよね。国語研には文献を扱っている研究者がおりますので、国語研のデータベースから国文研の文献データベースの画像の部分にアクセスするといったリンク関係があります。あとは、国際日本文化研究センター(日文研)とはもっと深く協力してもよさそうなのですけれども。

 

(立本) そうですよね。私も今、それを次に聞こうかなと思っていたのですけれども。

 

(田窪) 私自身が国語研に入る前には、日文研の、思想としての国語に関する研究会に出ていました。

 

(立本) どの研究者が主催していたのですか。

 

(田窪) 長田俊樹さん(注4)です。以前は総合地球環境学研究所(地球研)にいらした方ですので、地球研と連携した研究プロジェクトを持っていました。実は、私の京都大学のころの言語学の学生は、いまだに地球研で研究会をしているのですよね。その学生は記述言語学研究会というものを作って、日本語だけではなくて、いろいろな危機言語の記述とかをしています。地球研の先生方にご協力いただきながら、研究会は今でも続いています。

 

(立本) そうですね。大学共同利用機関は、そのようなダイナミックな連携がなければいけないですよね。

 

(田窪) あとは、国立民族学博物館(民博)とも協力関係があってもよさそうですよね。最近は民博にも言語学の研究者も結構いるので。

 

(立本) 大学共同利用機関というのは、大学等との連携だけではなく、先導的COEとして大学等を引っ張っていくというミッションが私はあると思います。国語研の場合は、例えば、どこの大学でも日本語学や語学の専攻、研究科があるわけですよね。そのような中で、この国語研がどのように先導的COEとしてやっていくか。その辺は、どのようにお考えになりますか。

 

(田窪) 今、国語研の専任、共同研究員とか研究協力者は総勢で650人ぐらいいるのですけれども、そのうち半数以上は他の大学の研究者ですよね。だから、それぞれのプロジェクトで、いろいろな領域で、他の大学の人を巻き込んで合同調査をしています。例えば木部暢子のところだと、学生など若い人たちも調査に参加して、聞き取り調査などの訓練をすると同時に、プロジェクトとしていろいろな危機方言、危機言語の研究をしています。このような取り組みは、個別の大学だと結構、難しいので。

 

(立本) 国語研は世界に誇れるデータが蓄積されていますので、その利点、優位性を積極的に発信していただきたいです。田窪所長、本日はありがとうございました。

 

 

(注1)南 不二男:元国立国語研究所日本語教育センター長。『現代日本語研究』(三省堂、1997年)、『敬語』(岩波書店、1987年)、『現代日本語の構造』(大修館書店、1974年)など。

(注2)柴田 武:東京大学名誉教授、埼玉大学名誉教授。国立国語研究所の研究員(1949~64年)として日本言語地図の調査にとりくみ、言語地理学的研究成果を多数発表した。『日本の方言』(岩波書店、1958年)、『新明解国語辞典』(編纂、三省堂)など。

(注3)徳川 宗賢:元学習院大学教授。柴田武らについて糸魚川調査に参加し、『日本言語地図』作成に携わった。『日本人の方言』(筑摩書房、1978年)、『日本語研究と教育の道』(明治書院、1994年)など。

(注4)長田 俊樹:総合地球環境学研究所名誉教授、国際日本文化研究センター客員教授。言語学、特にムンダ語研究。『新インド学』(角川選書、2002年)、『インダス文明の謎:古代文明神話を見直す』(京都大学出版会、2013年)など。