No.038 - 暮らしの映像から考える持続可能な未来

暮らしの映像から考える持続可能な未来

 

「環境問題」は科学の問題であるという印象を持っている人は多いかもしれません。しかし、環境的な課題をいわゆる「科学」の見地から捉えるのではなく、私たちの身の回りに、あるいは記憶のどこかにある風景から、持続可能な環境や社会のあり方について考えることもできます。そんな身近な風景やエピソードを通して環境問題について考えを巡らせるイベントを2019年の春に東京で企画しました。

題して、「のぞいてみよう!土・ミツバチ・食の世界〜持続可能な社会をめざして 」。2019年3月16日、東京お台場にある日本科学未来館 (未来館)に総合地球環境学研究所 (地球研)の研究者たちが出向き、映像上映・トークイベントを共催しました。陶芸やミツバチの飼育、ブータンの食事事情について、それぞれ15分程度の映像作品を上映した後、研究者が映像の一部を取り上げながら解説するという形でした。

ここで上映した映像作品は、2018年のある時点に撮られた、普通の人々の日常を淡々と映した映像です。例えば、私が撮影・編集した「静かな大波」は、ブータン王国西部の農村に暮らす家族の1日を収めました。ある冬の日、朝早く起きた若夫婦が、ご両親と子供達がまだぐっすり眠っている隣でミルクティーを飲みます。体が温まったら、これから家族がいただくミルクティーやバター茶、チーズづくりに必要なミルクを得るため、雪道をぎゅっぎゅっと踏み固めながら牛小屋に向かいます。まず仔牛に母牛のミルクを飲ませますが、ある程度飲み終わったら仔牛を引き離し、乳搾りを始めます。仔牛に譲ってもらったミルクでおばあさんがゆっくりとつくったバターとチーズは、様々な料理に欠かせない材料になります。

ここまで観ると、微笑ましい自給自足の風景のように思えるかもしれません。しかし近年、急激な都市化やインドからの輸入への依存が高まり、変化が生じています。その一角を、この家族の台所でのぞき見ることができました。ブータンの代表的な料理であるケワダチ(じゃがいもとチーズの炒め物)をつくる際、自家製チーズとともにインドで輸入された製品であろうスライスチーズを一緒に入れるのです。「これを入れないとおいしくない」という感覚の変化が、ブータンの食農システムの変化を物語ります。

食の海外への依存度が増えると国内の食農システムに大きな変化が起きます。また、工場での大量生産による環境への負荷とそれに付随するゴミ問題も見逃せません。ブータンだけでなく世界的に進行しているこのような現象に、私たちはどう対処したらいいのでしょうか。ブータンの食農システムの研究者であり、「静かな大波」の共同監督である地球研の小林舞研究員 は、これからの持続可能な食農システムのあり方について次のように話しました。「私たちの食べ物がどこから来たのか、食べ物の選択と消費が環境にどのような影響を与えるのかを想像し、自分の選択に責任をもつこと」だと。このような解説を交えながら、その多くが日本に住んでいる来場者のみなさんとともに、私たちの現状を振り返ってみました。

環境問題は、遠いところにあるものではなく、私たちの暮らしに深く関わるものです。今回上映した映像作品は暮らしの中の環境問題を浮き彫りにするものでした。さらに、研究者が映像を切り口に研究内容を語ることによって、些細なエピソードをより大きな文脈の中に位置付け、環境問題について深く考えることができました。このように環境問題を文化の問題として捉え直すきっかけを提供することは、人文学分野を牽引する人間文化研究機構に属している地球研のミッションであると同時に、これからの人文学に要求される役割の一つかもしれません。

 

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イベントの様子

 

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イベントの様子

 

 

総合地球環境学研究所・人文知コミュニケーター/特任助教 金セッピョル

韓国出身。総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程修了、文学博士(2016年)。専門分野は文化人類学、葬送儀礼研究、映像人類学。2017年より、現職。

 


 

【関連情報】

トークセッション「のぞいてみよう! 土・ミツバチ・食の世界~持続可能な社会を目指して」

日時:2019年3月16日(土)

(1)12:00 - 13:00、(2)13:30 - 14:30、(3)15:00 - 16:00

場 所:日本科学未来館 5階 コ・スタジオ

主 催:日本科学未来館

共 催:総合地球環境学研究所