No.052 - 人文知コミュニケーターにインタビュー!粂汐里(くめ しおり)さん

人文知コミュニケーターにインタビュー!粂汐里(くめ しおり)さん

 

 人間文化研究機構(以下、人文機構)は、人と人との共生、自然と人間の調和をめざし、さまざまな角度から人間文化を研究しています。人間文化の研究を深めるうえで、社会と研究現場とのやり取りを重ねていくことが何よりも重要だと考えています。

 そこで人文機構では、一般の方々に向けたさまざまな研究交流イベントを開催しているほか、社会と研究者の「双方向コミュニケーション」を目指す人文知コミュニケーターの育成をおこなっています。

 人文知コミュニケーターとはどのような人物か?どういった活動を展開しているのか?をシリーズにてお伝えしています。

 第5回目は、2018年9月から人文知コミュニケーターとして、人間文化研究機構・国文学研究資料館に着任された粂汐里さんです。これまでの活動を振り返っていただきつつ、今後の活動予定を伺いしました。

 

1)粂さんは人文知コミュニケーターであると同時に日本文学の研究者でもありますね。まずは、粂さんのご専門について教えていただけますか。
 15世紀から17世紀にかけて流行した語り物について研究しています。代表的な語り物に幸若舞曲(こうわかぶきょく)、説経、古浄瑠璃がありますが、いずれも口頭で長編の物語を語る芸能として発生しました。流行とともに、物語は文字化され、その台本は読むためのテキストとして整備されていきました。写本、版本としても流通しましたが、挿絵を伴った美しい絵巻や絵本のかたちでも愛好されました。

 私は、芸能としての発生や、その芸態にも目配りしながら、特に文字化された語り物のテキストを中心に研究をしています。数年前までは、説経と古浄瑠璃の絵巻や絵本といった絵画化された語り物をめぐる文化史に興味をいだき、国内では海の見える 杜美術館逸翁美術館、海外ではアイルランドのチェスター・ビーティー・ライブラリーや、フランスの国立図書館などで調査を行いました。ある程度論文にまとめることができたので(「説経・古浄瑠璃を題材とした絵画資料について」『国文学研究資料館研究紀要 文学研究篇』46号、 2020年3月)、現在は幸若舞曲の、源義経を主人公とした判官物(ほうがんもの)とよばれるジャンルのテキスト研究に取り組んでいます。

 

2)人文知コミュニケーターを志した理由について教えていただけますか 。
 私は、博士課程に在籍中、4年間夜の定時制高校で国語科の非常勤講師として働きながら博士論文を書いていました。ここでの勤務経験が、人文知コミュニケーターを志す大きな理由の一つになっていると思います。勤務先の高校は全日制の高校と違って、働きながら卒業を目指す生徒が多く、疲労のために勉強に前向きでない生徒もいました。何とか勉強してもらおうと、答えたくなるような質問を投げ、記入したくなるようなプリントを作っては配布し、相手にされずにまた作り直すという日々を送っていましたが、その毎日の中で、難しいことをわかりやすく、楽しく伝えたいという思いが強くなり、現在の人文知コミュニケーターのような仕事を探していました。募集を見たとき、理想的な仕事内容に感激したのを覚えています。またこの高校には、定時制高校の生徒指導を何十年もされているベテランの先生が多くいて、すばらしい教材を提供していただいたことも、よい経験になりました。

 人文知コミュニケーターになってからは、配属先である国文学研究資料館の企画広報室の先生方や、常日頃、大学生に面白い講義を披露されている先生方に、実践的なアドバイスを受けました。一人きりで考え、活動するのではなく、アイデアが浮かんだら周囲に相談し、大勢の方の知恵を拝借して、アイデアを膨らませ、企画や運営をすすめてゆくことで、より充実した活動を展開することができるのだと思っています。

 

3)展示やワークショップの企画、取材協力など人文知コミュニケーターとして幅広い活動に携わっているようですが、これまで最も印象に残っている活動とその理由を教えていただけますか。
 2019年10月15日から12月14日まで開催された、企画展「本のかたち本のこころ」です。展示の構成から図録の作成にいたる一連の展示業務を担当したのは、この企画展が初めてだったので、大変勉強になりました。私を企画展チームに迎えてくださった入口敦志先生、落合博志先生、神作研一先生と企画展を練り上げてゆくなかで、先生方の資料の見せ方や図録へのこだわり、一般の方にもわかりやすくしようとする方法などを勉強させていただき、人文知コミュニケーターの基礎を学べる貴重な機会となりました。また産休があけて間もない頃の仕事だったので、復帰戦という意味でも思い出深い仕事になりました。

 また、これは先方の企画なのですが、立川市西砂図書館から依頼されて行った絵巻作りのワークショップも印象に残っています。小学生の子どもたちと、当館の『浦島太郎』『小男の草紙』の絵巻を、紙とロール芯など、どこの家庭にもある材料で作りながら、和書に親しむという内容です。簡単だと思っていた作業が、実際は子どもにとって難しく、当初予定していた時間を大幅に超過してしまい、大いに反省しました。長時間にもかかわらず、真剣に絵巻作りに取り組んでくださった参加者の皆さんには感謝しかありません。難しく感じられる和書の世界も、見せ方によっては幅広い年齢層に浸透するのだと実感した一日でした。

 

小学生の子どもたち向けに企画した絵巻作りのワークショップの様子

 

4)どんなところに人文知コミュニケーターの活動のやりがいを感じていますか。
 やはり、和書を全く知らなかった人が、私たちのワークショップを通じて、興味や関心を抱いてくださることですね。欲を言えば、和書という一つの窓を通じて、ひとりひとりの生活に、少しでもうるおいを提供できればいいなと考えています。

 例えば、ワークショップとして行っている絵巻作りですが、私の子どものころの絵巻づくりの体験に基づいています。小学生5年生の時、夏休みに、歴史上の有名な人物を一人選び、調べて紙に書いてくるようにという宿題が出されたのです。私は、一人の人物ではなくて、「農民」の暮らしを知りたいと思い、農業の四季を調べ、絵に描いて、文章にまとめました。そのままではつまらないと思い、昔の雰囲気が出るように絵巻の形にして。この作業がすごく楽しかったのです。当時は絵巻の形など知りませんでしたので、思いつくままに和風の布地で表紙を作り、結ぶ紐を付けて提出しました。この絵巻は、いまでも、大事にとっておいてあります。

 古典の世界というと、堅苦しく、高尚なイメージがつきまといます。でも、私のように、絵巻の謎めいた形に惹かれる人や、和書の表紙の美しい模様に魅了される人など、それぞれの入口があっていいと思うのです。やがて、奥深い古典の森へ足を踏みこんで、意外な形で熱中する人が出てくるかもしれない。人文知コミュニケーターとして、そのような興味、関心の種まきのような仕事をしていきたいです。

 

5)人文知コミュニケーターとしての今後の活動について、現在あたためている企画があればご紹介をお願いします。
 新型コロナウィルスの流行で、企画していた展示やワークショップはすべて延期になりました。通常業務であったギャラリートーク(国文学研究資料館の研究者によって展示室で行われる展示の解説)も当面中止となり、人文知コミュニケーターとして活動できる機会が減ってしまい、危機感を感じています。

 ですが、これを機会に、以前からあたためていた、オンライン型の広報活動を、現在企画しています。まだ企画段階で具体的なことは何も決まっていませんが、①古典籍を使ったぬり絵、これまでの和本づくりワークショップの成果を生かした②和書づくりの動画の提供、③中高生にむけた古典に親しむコラムの執筆、④くずし字クイズの提供を考えています。そのほか、国文学研究資料館の入口先生から動画を使った広報活動もご提案いただいたので、企画広報室の皆さんと相談しながら、形にできるものはしていきたいと思っています。

 当館は都心からのアクセスが悪く、利用者は研究者と、日本文学を専攻する学生、近隣の方に限られているのが悩みでした。これらのコンテンツの利用によって、幅広い方に国文学研究資料館の存在を知っていただき、今後の特別展や企画展に来館していただく流れを作ることができればと思っています。

(聞き手:高祖歩美)

 

国文学研究資料館の展示室でギャラリートーク中の粂さん

 

 

粂汐里さん
人間文化研究機構総合情報発信センター研究員(人文知コミュニケーター)
国文学研究資料館 特任助教

研究テーマは、幸若舞曲、説経、古浄瑠璃など、中世末期・近世初期の日本の語り物文芸。
2016年、総合研究大学大学院 文化科学研究科日本文学研究専攻にて博士(文学)を取得。国 文学研究資料館博士研究員、日本学術振興会 特別研究員PDを経て2018年9月から現職。