No.065 - 人文知コミュニケーターにインタビュー!岩崎拓也(いわさき たくや)さん

より見やすく、わかりやすく―日本語の表記を考える

 

人間文化研究機構(以下、人文機構)は、人と人との共生、自然と人間の調和をめざし、さまざまな角度から人間文化を研究しています。人間文化の研究を深めるうえで、社会と研究現場とのやり取りを重ねていくことが何よりも重要だと考えています。

そこで人文機構では、一般の方々に向けたさまざまな研究交流イベントを開催しているほか、社会と研究者の「双方向コミュニケーション」を目指す人文知コミュニケーターの育成をおこなっています。

当マガジンでは、人文知コミュニケーターの人物紹介を通して、どういった活動を展開しているのか?をシリーズにてお伝えしております。

今回は、2020年7月に新たに人文知コミュニケーターとして、人間文化研究機構・国立国語研究所に着任された岩崎拓也さんをご紹介いたします。

 


 

日本語学がご専門と伺いましたが、研究テーマについて教えてください。

私の専門は、日本語における表記にかんする研究です。修士論文と博士論文では、日本語の句読点について研究をしていました。実は、句読点(とくに読点)の打ち方って正式には決まっていないんです。だから、日本語母語話者であっても、その打ち方に個人差があると言われています。そこで私は、たくさんの日本語母語話者の読点を打った文章を集めたデータをもとにどういうときに読点を打つのか、という集合知を統計的にまとめたりしています(「読点が接続詞の直後に打たれる要因:Elastic Netを使用したモデル構築と評価」『計量国語学』31 巻 6 号、2018)。

また、日本語を勉強する外国の学習者の句読点の打ち方についても研究していて、日本語母語話者とどのように違うのか、母語の影響がどのようにあるのかを研究しています(「日本語学習者の作文コーパスから見た読点と助詞の関係性」『一橋大学国際教育センター紀要』08号、2017)。

さらに、最近では、ビッグデータをもとにして、日本語母語話者がどのように括弧(かっこ)を使いわけているのか、ということも分析しています(「第5章 記号の使用実態とその問題点 発注者と受注者をつなぐためのカッコの活用」石黒圭(編)『ビジネス文書の応用言語学的研究 : クラウドソーシングを用いたビジネス日本語の多角的分析』ひつじ書房、2020)。これらは、日本語母語話者であっても国語の授業で習っていない(またはあまり覚えていない)ことなので、個性が出てとても面白いです(笑)。

今、とくに力を入れて研究していることは、定住外国人にたいする日本語の表記にかんする研究です。分かち書きの方法やルビの振り方といったものですね。こういうのって案外ネイティブの感覚で使用されていたりするので、どう表記すると見やすくわかりやすくなるのかを分析していきたいと考えています。

 

文章の読みやすさについての調査風景

 

人文知コミュニケーターを目指されたのはどうしてですか?

動機の一つとして、これまで研究してきたことやこれから研究していくことを実際に社会につなぐことができるという点に魅力を感じた、ということが挙げられます。

昨今、テレワークによる仕事が台頭してきているなか、ビデオ通話だけでなく、文字によるコミュニケーションも重要視されるようになってきました。文字によるコミュニケーションである場合、誤解を招かないように適切な文章を書くこと、見やすく、わかりやすい文章を書くことが大切となります。そこで、句読点やカッコの使い方などといった、表記についての自らの研究成果を一般(非専門家)に伝え、共有することで、よりよい社会を作るための一助となりたいと思いました。

また、これによって私自身の研究が洗練され、さらに問いが深まることも期待しています。これは、先ほど言ったように、句読点の打ち方には個人差があって、いろいろな意見を聞く必要があると思ったからです。ちょっと堅苦しい言い方をすれば、これまで研究してきた自らの専門を活かしつつ、普段書く文章をわかりやすく、見やすくしようという問いかけをとおして、研究、社会をつなげる活動(調査・研究・発信)を探ってみたいと考えたことが、人文知コミュニケーターを目指した動機です。

 

新型コロナの影響下での着任となりましたが、これまでの活動について教えてください。

着任後、いきなり在宅勤務になったため、本格的な活動には至っていないのですが、いくつかあります。たとえば、筑波大学・国立科学博物館との連携講義の授業動画の撮影もその一つです。本来であれば、筑波大学に赴き、対面で話をするのですが、今回は事前に人文知コミュニケーターのみんなで話し合っているところを録画し、事前課題として視聴してもらうという形を取りました。そのうえで、オンライン上でディスカッションをしたりしました。このような取り組みはみんな初めてだったので、手探りの部分もありましたが、筑波の先生方の協力と学生たちの能力の高さや積極性にも助けられて、なかなか深い議論ができたと感じています。

また、現在、毎月一回人文知コミュニケーターのみんなで集まって、研究会を開いています。関西や関東の各機関に散らばって配属されている人文知コミュニケーターと頻繁にオンライン上で会え、意見や情報の交換ができ、人文知コミュニケーションについて考えることができる交流の場になっています。

そのほかにも「くらしに人文知~コロナ時代を生き抜く」という人文知コミュニケーターによる初の連携によるウェブ連載企画があるのですが、そのなかで私は「在宅勤務の中での出会い {猫・ねこ・ネコ}」という記事を執筆しました。これは在宅勤務になって暮らし方が変わるなか、1匹の猫との出会いについて書いたものです。もちろんそれだけではなく、表記の専門家らしく(笑)、猫の表記についても簡単な分析をしています。

 

我が家の一員になった猫

 

最後に、今後の研究や人文知コミュニケーターとしての活動にどのように取り組みたいかお聞かせください。

個人的な研究にかんしては、先ほど言ったように、定住外国人にたいする日本語の表記をどのようにすればより見やすくわかりやすくなるのかということについて、調査を通して明らかにし、社会に発信していきたいと考えています。また、日本語母語話者にたいしては、ビジネス文書などのように、文字によるコミュニケーションを中心として、どのように表記を工夫すれば、書き手の意図が読み手に伝わりやすくなるか、ということを発信していきたいと考えています。そのほかにも、日本だけではなく、海外で日本語を学ぶ日本語学習者にたいするアプローチも考えています。日本語を使うのは別に日本人に限ったことではないですからね。

国語研の人文知コミュニケーターとして、わかりやすい日本語の表記を考え、発信することで、社会における人間文化研究の必要性を伝えていきたいと考えています。

 

(聞き手:堀田あゆみ)

 

岩崎拓也(いわさき たくや)さん
人間文化研究機構総合情報発信センター研究員/人文知コミュニケーター国立国語研究所 特任助教
2020年、一橋大学大学院言語社会研究科言語社会専攻にて博士(学術)を取得。同2020年より現職。研究テーマは、句読点をはじめとする日本語の表記。