No.069 - オンライン講演会「COVID19 後の人文知-歴史と文化に学ぶ」 パリ日本文化会館・人間文化研究機構共催企画

オンライン講演会「COVID19 後の人文知-歴史と文化に学ぶ」パリ日本文化会館・人間文化研究機構共催企画

 

国際交流基金パリ日本文化会館は、 1997年の設立以降、パリを拠点にヨーロッパにおける日本文化の発信を担ってきた機関です。人間文化研究機構は、同館と2016年に 国際学術連携協定を締結しました。同館と連携することで、機構の日本研究の国際発信拠点をヨーロッパに置き、また、同館との日本文化に係わるシンポジウムの開催や連携事業を促進しています。

両機関は、協定締結からこれまで、国際シンポジウム「厄災の時代を生き抜くための人文知」(La sagesse face aux crises actuelles)をはじめとして、日仏友好160年を記念した日本文化の祭典「ジャポニスム2018:響きあう魂」公式企画シンポジウム「フランス人が見た日本/日本人が見たフランス」などを連携して開催してきました。

そして、2021年度は、パリ日本文化会館から、「COVID-19禍の中でも日仏間の知的交流活動の幅を厚くしていきたい」と共催企画の提案をいただき、感染症拡大の状況下において、今までにない、新たな形式での連携事業を検討することとなりました。

現在新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が多くの人命を奪い、人類の日常に深刻な影響と社会的分断による葛藤をもたらしており、改めて共生する新しい社会構築が地球規模で希求され、そのために多様な学問の成果や英知に学ぶことが切実に求められています。とりわけ人文学の必要不可欠な探求法である人の交流が停止し、博物館・図書館の利用が制限されるなど、人文学のあり方が危機に直面しています。

両機関で打ち合わせを重ね、今回の共催企画では、パンデミックによる社会変容のただ中にあって、人文科学の観点から、COVID-19 とともにある社会がどのように変化を遂げていくのかという展望に焦点をあて、日本の歴史と文化の文脈をふまえつつ、パンデミック後の社会をより良く生きるための指針を歴史や文化から見出すことをめざしたい、ということになりました。

そうして迎えた2021年10月16日(土)、オンライン講演会「COVID19後の人文知-歴史と文化に学ぶ」(パリ日本文化会館・人間文化研究機構共催企画)は、パリと東京をオンラインで繋いで開催されました。

 

先ず、機構側から2名の研究者が講演を行いました。講演1「江戸の合理主義と倫理の基底」と題して、人間文化研究機構 国文学研究資料館 入口敦志教授からは、16世紀末にひらがなを用いて出版された養生書『延寿撮要』と17世紀末のベストセラー、貝原益軒の『養生訓』が取り上げられ、同じく広く庶民の健康に関する書物でありながらも、『養生訓』に至ると、朱子学者の立場から、個人の健康は社会や国家のために必要であり、個人の健康と倫理道徳としての親孝行と結びつき、さらには父母と天地が同一視されている大きな変化に着目しました。こうした『養生訓』に見出される健康観の変化に注目してみると、現在の新型コロナウィルスに対する日本人の反応は個人の健康は社会や政治のための健康という捉え方においては変化がなく、その連続性の背景には『養生訓』以来の倫理観、道徳観が伏在しているのではないかとの指摘がなされました。

 

次いで、講演2「人文学研究における オンライン上の研究資源 ― 現状と課題」と題して、人間文化研究機構 国際日本文化研究センター関野樹教授から、世界的に人の移動制限がなされる中で、オンライン上の研究資源を活用する取り組みについて、データ間の連携(相互運用性)の拡大と、データ利用の多様性という二つの動向を取り上げ、Afterコロナ、Withコロナにおける研究資源のあり方を考える手がかりが論じられました。データ間の連携の拡大ではIIIF(トリプルアイエフ)という画像を取り扱うための国際規格を題材に、日文研の所蔵資料など具体的な画像を用いて、最新の情報の再利用の進展が指摘されました。また、人間文化研究機構が公開している「歴史地名データ」を事例にデータ利用の多様化とデータ同士の連携について言及され、研究の場としてのオンライン環境の可能性が論じられました。

 

二つの講演に対して、フランス社会科学高等研究院ギヨーム・カレ教授から、それぞれの講演に対してコメント頂き、続いて人間文化研究機構理事李成市を司会に、登壇者3名によるディスカッションを行い、カレ教授から3つの論点が出され、各々について相互にディスカッション行われました。

ひとつは、『養生訓』以来の儒教的な倫理観、道徳観に基づく集団的な規律が現代日本に認められるとしても、インターネットやSNSの医療情報が、それまでの個々人の価値観を結集させて新たな行動力あるコミュニティを結成することがあるのではないか。また科学の合理主義的なモデルが利用されているのではないかという点です。

二つめには、パンデミックによる危機の中で、それ以前から進行中であった人文科学、社会科学におけるデジタル化を加速させてデジタルヒュマニティーズ(人文情報学)の価値を高めたことについてです。

三つめには、人文学のデジタル化に関わるデータの供給側(開発者)と需要側(人文学研究者)のギャップについてであり、需要に応えるような開発の困難さと、アクセスビリティ(使い勝手)の問題が指摘されました。大学院レベルでのユーザー側のトレーニングが、国境を越えた世界の研究者を対象にオンラインで展開されることの必要性についても言及されました。

最後は、視聴者からの質問に答える「質疑応答」の時間を設け、ここでもフランスの参加者から提起された若い世代の衛生ルールに対する反応やワクチン接種をめぐる行動様式についての質問に対して、フランスでは親の果たした役割が大きかったのに対して、日本では報道のあり方に若者の行動が左右されていた傾向があるとの応答がありました。また、コロナ禍で高めたとされるデジタル・ヒューマニティーズについては、オンラインで出来ることと出来ないことの差異がいっそう明確になったこと、また、留学などによる現地での経験がもつ重要性が再認識されたというカレ教授のコメントなど、議論を深めることができ、セミナーは盛況のうちに閉会しました。

 

このたび、2つの都市を繋いだ日仏両言語のオンラインによるライブ配信、という初めての試みとなりましたが、両機関の協力により、当日は滞りなく進行することができました。改めてパリ日本文化会館との継続的な協力関係に深く感謝するところです。 今後も、両法人の連携により日本研究の理解促進につながる各種活動を、さまざまな形でヨーロッパに展開していくことが期待されます。

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パネルディスカッションで議論を交わす登壇者ら。左からフランス社会科学高等研究院 ギヨーム・カレ教授、国際日本文化研究センター関野樹教授、国文学研究資料館 入口敦志教授、人間文化研究機構李成市理事。

 

文責:人間文化研究機構理事・総合情報発信副センター長
李成市

 

※本講演会の様子は、人間文化研究機構公式YouTubeチャンネルでご視聴いただけます。