No.073 - 人文知コミュニケーターLive! 第2回レポート「てん、まる。どんどん、た!」

「句読点研究者・韓国音楽研究者と一緒に話そう!
(「人文知コミュニケーターLive!
~異分野研究者クロストーク~」第2回レポート)

1.はじめに

 令和3年10月24日に開催された大学共同利用機関シンポジウムでは、オンライン中継ライブ「人文知コミュニケーターLive!~異分野研究者クロストーク~」を実施しました。本企画は、「社会と人文学研究の現場を繋ぐ」役目を担う人文知コミュニケーターが各専門分野の視点からクロストークを展開し、人文知の魅力や研究の面白さを伝えるという趣旨のもとで誕生しました。1回目は国立国語研究所岩崎拓也研究員国立民族学博物館神野知恵研究員が「てん、まる。どんどん、た!―句読点研究者・韓国音楽研究者と一緒に話そう!」と題して展開したクロストークの模様をレポートします。
 句読点の打ち方は人それぞれですが、一定の傾向もみられます。例えば、韓国人日本語学習者の句読点の打ち方にも一定の傾向がみられますが、それは何に起因するのでしょうか。もしかしたら、慣れ親しんでいる音楽のリズム感も関係しているのでしょうか。このような疑問について、句読点研究者である岩崎研究員と、韓国の民族音楽研究者である神野研究員がお互いの研究からの知見を持ち寄り、共通点を探りました。また、ファシリテーターである総合地球環境学研究所金セッピョル研究員も、韓国人日本語学習者の当事者として議論に加わりました。
 

中継ライブのスクリーンショット①



2.日本語の句読点から見たリズムの意識

 日本語の句読点の研究をしている岩崎研究員は、日本語の句読点とリズムの関係についてトークをしました。昔の教科書などを紹介しつつ、現在の句読点はさまざまな試行錯誤の上で定着していることを確認しました。その後、今回は読点の打ち方の基準を紹介し、どのような句読点の打たれ方があるのかということをまとめました。
 読点の打ち方の基準は大きく四つ(構造、意味、見た目、長さ)があることを紹介し、リズムと関係がある長さから打つ読点について話を展開しました。リズムの読点が顕著にわかるものとしては、短歌の読点が挙げられると指摘した上で、当日は、実際に短歌を見ながら、読点の有無によってどのような表現効果が生じるかを確認しました。
 さらに、日本語を使うのは日本人だけではないとして、日本語学習者がどのような句読点の打ち方をしているのかを紹介しました。今回は、中国人学習者と韓国人日本語学習者を対象とした岩崎研究員の研究を例に挙げて説明をしました。日本語母語話者を基準とした場合、中国人日本語学習者は句点も読点も打つ数が多いこと、韓国人日本語学習者は句点の数は日本語母語話者と変わりませんが、読点の数が極端に少ないことを実例とともに確認しました。また、発表では、統計的にどのような傾向があるかを踏まえつつ、読みやすい読点の位置について考察しました。
 まとめとして次の3点を示して、次の神野研究員の話に繋げました。
1)句読点には個性が出ること(しかし、その中でもなんらかの傾向はある)
2)息つぎ、テンポ、リズムを示すための読点が存在すること
3)学習者の場合、母語の影響もありそうであること(各言語が持つリズム感の表れである可能性)
 

中継ライブのスクリーンショット②



3.韓国伝統音楽のリズム~言語と呼吸の重要性~

 
神野研究員は韓国の民俗芸能である「農楽(ノンアク)」のリズム研究を行ってきました。今回のトークでは、句読点との共通性を探るべく、そもそもリズムとは何であるかを考えました。その定義は多様ですが、少なくとも音楽においては、音と音の組み合わせ、そしてその周期の反復によって生成される秩序のことを指します。音の長さだけでなく強弱や高低、音に付随する視覚的要素によってもリズムは作られます。
 朝鮮半島ではリズムは「チャンダン(長短)」と呼ばれます。宮廷音楽から、庶民による農楽に至るまで、伝統音楽には必ず何らかのチャンダンが使われ、それぞれに名前があり、典型的なパターンやだいたいのテンポが決まっています。そうしたリズム文化は西域から伝来したともいわれますが、朝鮮半島の言語とともに独自に発展してきたといえるでしょう。韓国・朝鮮語にはパッチムと呼ばれる子音で終わる言葉があるため、日本語に比べて複雑なリズムが生まれやすい特徴があります。今回の発表では、農楽の儀礼の中で、厄祓いの呪文がそのまま太鼓のリズムパターンにつながる事例を映像で紹介しました。
 ことばや歌は、呼吸なしには生まれません。とくに韓国の伝統音楽の演奏では、呼吸とチャンダンをうまく関連付けることが重視され、音楽全体の構成にも「満たす/空にする」「結ぶ/解く」といった循環が求められます。語りや文章、さらには人間関係にもこうした美学の適用が見られます。
 岩崎研究員が紹介した句読点は、文字の世界に存在するものですが、その根底にある語りや歌における呼吸、各言語の音楽的リズムの美学と結びつけると新しい見え方があるのではないか、と提案して議論に繋げました。
 

中継ライブのスクリーンショット③



4.異分野協働で導かれる新しい発見

 句読点と聞くと、書き言葉、つまり文章としての側面が大きいように思われますが、少なくとも近代より以前は言語と音楽が明確に分離されておらず、文字で書かれた文章も話し言葉や音楽のようにリズムをつけて音読していたそうです。こういう事実からすると、句読点の打ち方にある民族が過去から慣れ親しんできた音楽のリズムが影響しているかもしれないという仮説は、説得力を帯びているように思います。参加者からいただいた「句読点は『打つ』ものだから、打楽器と遠からずですね」というコメントは、まさにこのような発見を代弁するようでした。異分野協働ならではの、新しい発見が生まれる瞬間でした。


文:人文知コミュニケーター 岩崎拓也(人間文化研究機構 国立国語研究所)
  人文知コミュニケーター 金セッピョル(人間文化研究機構 総合地球環境学研究所)
  人文知コミュニケーター 神野知恵(人間文化研究機構 国立民族学博物館)