No.081 - 人文知コミュニケーターにインタビュー!ALT Joachim(アルト ヨアヒム)さん

国立歴史民俗博物館 ALT Joachim(アルト ヨアヒム)さん

 

人間文化研究機構(以下、人文機構)は、人と人との共生、自然と人間の調和をめざし、さまざまな角度から人間文化を研究しています。人間文化の研究を深めるうえで、社会と研究現場とのやり取りを重ねていくことが何よりも重要だと考えています。

そこで人文機構では、一般の方々に向けたさまざまな研究交流イベントを開催しているほか、社会と研究者の「双方向コミュニケーション」を目指した人文知コミュニケーターの育成をおこなっています。

人文知コミュニケーターとはどのような人物か?どういった活動を展開しているのか?をシリーズにてお伝えしています。

第9回目は、国立歴史民俗博物館(以下、歴博)のアルト ヨアヒムさんです。アルトさんは、来日13年目の2022年10月に歴博の人文知コミュニケーターに着任しました。本インタビューでは研究テーマや歴博での活動についてお聞きしました。

 

○日本の大学・大学院への進学と研究テーマとの出会い

高2の夏に、右手足の部分的な麻痺という後遺症をもたらした重病を患い、入院中に図書館の独学セットで日本語の勉強をはじめました。その後、高校を卒業しても私が強く希望した日本学の学部がある大学への進学がドイツの教育制度の制限によってできず、外国語としての日本語の授業があった地元の大学の経済学部に入学しました。経営学科3年次にアメリカの大学に留学し、ようやく本格的に日本語の勉強を始めることができました。留学後にドイツの大学を退学し、知り合いとの相談の結果、日本への留学を決めました。様々なアルバイトで留学に必要なお金を貯めつつ日本語の独学を進め、2010年9月に龍谷大学(以下、「龍大」)の留学生別科に入学できました。

在学中に日本のアニメ研究につながる2つの出来事がありました。1つ目は北海道大学(以下、北大)出身の教員に研究テーマについて相談したところ、「日本アニメの研究をやりたければ、北大の大学院に進んではどうですか」との助言を得たことです。2つ目は、留学生別科を卒業し龍大の国際文化学部に編入した後、2013年7月に映画『風立ちぬ』が公開されたことです。2014年に北大の修士課程に進みましたが、入学した国際広報メディア・観光学院には直接的にアニメの研究者はいませんでした。しかし、アニメの聖地についての研究をしている大学院の観光専攻の山村高淑先生がいらっしゃいました。当時は『風立ちぬ』の研究があまり存在せず、山村先生との面談時に「『風たちぬ』等から始めて、戦争アニメの研究をしてはどうですか」との提案を受け、研究をはじめました。

○研究テーマ

広く言えば、私の研究はメディアコンテンツが具体的にどのように文化・社会との相互作用関係で人々の日常生活とアイデンティティーに影響を与えているか、ということです。具体的に、修士課程からは日本アニメにおける広島・長崎の原爆投下(修士)、そして日本アニメにおける(日本の)第二次世界大戦の「体験」の表象(つまり、『宇宙戦艦ヤマト』のような解釈的なフィクションとアレゴリーではなく、歴史的な出来事として第二次世界大戦/アジア太平洋戦争を中心的なテーマとして扱っている作品)を分析してきました。それらの表象をベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』(Imagined Communities: Reflections on the Origin and Spread of Nationalism、1983年)に繋がるようにしています。つまり、(主に英語圏の)外国ではよく、第二次世界大戦についての「日本の被害者意識」が批判され、その被害者意識はアニメにも反映されていると言われています。しかし、学術的なディスカッションの中でも、『はだしのゲン』と『火垂るの墓』以外の作品はほとんど取り上げられていません。私はここでまず、おおよそに50作品を超える「ジャンル」において、その被害者意識の有無を確認し、そして「有り」の前提で、アニメにおける「被害」の表象を集合的記憶の基になる「記憶の形成」(ヤン・アスマン)、つまり日本人の「全員」に共有された記憶として見なします。その結果、この共通の「記憶」は現実と異なって、日本人の皆を「被害者」にして、「平和国家日本」という被害者同士の共同体の基ができます。

 

2020年6月の時点で博士論文に含めた32作品の独自分析ツールであるマトリックス・モデル
2020年6月の時点で博士論文に含めた32作品の独自分析ツールであるマトリックス・モデル
X軸は「時空間」+「被害者」、Y軸は「加害者」+「敵像」を表している。
X軸の左側になるほど、作品の物語の期間が1945年より前に始まり、日本本土以外の場所が描かれる。軍事行為による被害を受けている民間人は「日本人」に限られていない。Y軸で下になるほど、日本軍以外の「加害者」は民間人への攻撃を行い、主人公の「敵」は非人間的な存在として描かれている。(Joachim Alt, “Collective Memory of World War 2 in Japanese Animation - Mapping out Places and the Enemy, Victims and Aggressors,” PhD diss., Ryukoku University, 2021: 222, Fig. 041. )

 

ご想像のとおり戦争を対象とした本研究は少し重いテーマなので、現在は研究のリフレッシュ計画として、私が北大大学院の在籍中に先輩と共同研究として予定していたテーマ「日本アニメにおけるスポーツのアマチュリズムとプロフェッショナリズム」に一時的に取り組んでいます。

○コロナ禍による研究活動の影響

コロナ禍が本格化した2020年3月、私は既に就職活動中であり、研究活動が少しずつ減っていました。特に2021年には生活を安定させるために、前半に2つの高校でそれぞれ4つの50分コマ(ドイツ語)の授業を、1つの大学で6つの90分コマ(英語や多文化理解)を担当しました。また同年の後半には、1つの高校で続けて4コマを、前半と同じ大学でまた6つの90分コマ、そしてもう1つの大学で4つの100分コマ(日本文化系)を担当しました。つまり、一週間当たりには20時間近くの授業を担当していたことになります。この中、多い時は1週間に3つ~4つの公募の応募書類も書いていました。研究に最も近いことは授業の準備でした。

ただし、上述のとおり今取り組んでいる「日本アニメにおけるスポーツのアマチュリズムとプロフェッショナリズム」は数年前から計画している研究で、多様なレベルのスポーツ選手へのアンケート調査を行う予定もあります。以前働いていた高校の部活でもアンケートを実施したかったのですが、コロナの影響で急な休校や練習の制限が生じたり、試合や大会の規模が小さくなりこのチャンスを活かせませんでした。

○人文知コミュニケーターを志願した経緯

自分の能力や専門分野のプロフィールに合う公募の中に、人文知コミュニケーターの公募もありました。特にコロナ後のことを考えて、日本の「再国際化」が課題になると思っています。この点について、私は日本に10年間以上住んでおり、日本社会・文化をテーマにした研究を行っているので、人の役に立てると思いました。

○歴博で携わっている研究や広報等の活動

歴博に着任したばかりのため、まだ多くの業務に携わっておりませんが、もちろん私の研究は人々の歴史観にも関わっており、アニメは日本の現代文化史にもなります。例えば歴博の展示にアニメのセクションを加えられるかどうかは不明ですが、何かの形で展示を活かして、研究の成果を可視化できれば嬉しいです。また、私には教育の現場に対する熱意があるので、これから様々な大学で歴博の活動を中心にした講演と講義を行いたいです。その他に通訳業務等を通じての国際交流活動にも従事したいと思います。

 

2022年11月8日に歴博を訪問した英国・ダラム大学の訪問団の通訳中(右手前)

2022年11月8日に歴博を訪問した英国・ダラム大学の訪問団の通訳中(右手前)

○人文知コミュニケーターとしての今後の取り組み

先述のことと重なりますが、やはり教育の現場で「歴史」は私たちの生活にどのように関わっているかを紹介したいです。特に文化と歴史と社会の関係は多くの人にとって曖昧な存在だと思うので、歴博で働く人文知コミュニケーターという立場を生かして、歴史と私たちの生活の関係を人々に伝えたいです。一例として、今まで業者に発注していた歴博の様々な出版物の英訳を私が担当しています。

研究面では私の博士論文の書籍化があり、それに向けて論文の書き換えや一部の更新が必要になります。分析に向けて新しく対象とする作品が約20作品もあるので、これまでの分析対象に加えると今までの分析結果が変わるかもしれません。もし、そうなると博士論文の書籍化はもう少し複雑になるので、今はこの大事な仕事を慎重に取り組もうとしています。

 

(聞き手:大場 豪 人間文化研究機構 人間文化研究創発センター研究員)

 

ALT Joachim

ALT Joachim (アルト ヨアヒム)さん
国立歴史民俗博物館 特任助教
ドイツ出身。2021年、龍谷大学大学院国際文化研究科論文博士(国際文化学)。2019年に横浜国立大学、そして2020年から神奈川県内に2つの公立高校、また、2021年から東京福祉大学および桜美林大学で非常勤講師。2022年10月から現職。専門は表象文化論および地域研究(特に日本アニメにおける団体のアイデンティティーの表現)。