No.082 - 人文知コミュニケーターにインタビュー!郭 佳寧(カク カネイ)さん

国際日本文化研究センター 郭 佳寧(カク カネイ)さん

 

人間文化研究機構(以下、人文機構)は、人と人との共生、自然と人間の調和をめざし、さまざまな角度から人間文化を研究しています。人間文化の研究を深めるうえで、社会と研究現場とのやり取りを重ねていくことが何よりも重要だと考えています。

そこで人文機構では、一般の方々に向けたさまざまな研究交流イベントを開催しているほか、社会と研究者の「双方向コミュニケーション」を目指した人文知コミュニケーターの育成をおこなっています。

人文知コミュニケーターとはどのような人物か?どういった活動を展開しているのか?をシリーズにてお伝えしています。

第10回目は、国際日本文化研究センター(以下、日文研)の郭 佳寧さんです。郭さんは2022年10月に日文研の人文知コミュニケーターに着任しました。本インタビューでは研究テーマや日文研での活動についてお聞きしました。

 

○研究テーマとの出会い

中国の大学で日本語を専門としていた私は、研究テーマを決める段階で個人的に仏教に関心があり、研究レベルとは別に仏教の本を読んでいました。そして仏教の中でも仏教哲学ではなく、目に見える形があるものについて研究したいと思うようになりました。

最初に来日した時に、高野山にある巨大な仏塔(根本大塔)に一目惚れをし、仏塔のような宗教空間から仏教がどう表象されているかを探るために、日本において仏教建築から仏教研究にアプローチをしました。真言密教は空海が中国、当時の唐から日本にもたらした教えですが、中国では唐以降に真言密教は徐々に歴史の舞台から退いた一方で、日本の真言密教の方が勢力を保って残っているため、日本で真言密教を研究するに至りました。日本留学の最初の半年間は、大学の研究生として指導教員の下で学び、その後大学院の入試に合格して修士課程に入り、最終的に博士号を取得しました。

 

根来寺大塔(国宝)郭佳寧撮影

根来寺大塔(国宝)郭佳寧撮影

 

○研究テーマ

私の研究分野は中世日本の宗教文芸となります。研究の内容は、主に

歴史における宗教者の実践活動の意義と影響、
宗教空間に現れる教学と信仰のあり方、
宗教言説の成立と展開

という3つを軸に、宗教文芸および思想史の立場から、院政期の顕密仏教について、研究を進めております。そして中心となる研究テーマは、日本院政期の御願寺、特に鳥羽院の御願寺として興教大師覚鑁によって建立された高野山大伝法院と、建立者である覚鑁の密教思想と宗教実践について、また彼の法流を継承した頼瑜という真言学僧についても研究しています。

 

○コロナ禍による研究活動の影響

私はお寺に所蔵されている聖教を中心として調査研究しています。しかしコロナ禍によってお寺の蔵書調査ができず、また国立国会図書館が一時抽選制になるなど図書館での資料調査が難しくなった時期がありました。

一方で、お寺ではどんな法会が行われているかも調査する必要があります。残念ながらコロナ禍で中止になったところがありますが、今は徐々に再開されています。研究とは別の話ですが、コロナ禍により法会の様子がYouTubeで配信されるお寺もあるので、手軽に法会の様子をチェックできるようになりました。

 

○人文知コミュニケーターを志願した経緯

宗教空間から仏教文化を見ていくのが私の研究の出発点です。研究が進むにつれて、結局宗教文化や宗教思想を明らかにする研究自体が、現在の私達や社会にどう関係するのか、あるいは、社会に対する研究の意義はどこにあるのかといった疑問が、私の心の中に時々浮かぶようになりました。

自分の研究分野をもっと多くの人々に説明できるように努力したい。自分の研究を含め、人文科学は現在どのような役割や意義があるのかという問に対して、答えることができればと思います。更にその答えを多くの人々に知ってもらいたい、ということを考えはじめた時期に見つけた人文知コミュニケーターという研究ポストは、私がやりたかったことに合致していたのです。

 

○日文研で携わっている研究や広報等の活動

研究について、日文研の荒木浩先生の共同研究「ソリッドな〈無常〉/フラジャイルな〈無常〉―古典の変相と未来観」に来年度から正式に入ります。私は宗教テクスト学という研究方法を用いて宗教儀礼から無常とは何か、また古典の変相と未来について宗教空間がどう機能していたのかという観点からこの共同研究に携わりたいと思います。

広報活動について、日文研では報道関係者との懇談会が年に4回程あります。私はちょうど11月にこの懇談会に参加し、自分の研究活動等を紹介しました。他にも、日文研の近くにある京都市立桂坂小学校の児童を対象とした出前授業を来年度から担当する予定です。更に、日文研の先生達にインタビューをして、先生達の研究紹介や日文研の活動等を紹介する「人コミュ通信」というオンライン記事を作成し、公開しています。これは私の前任の光平有希先生が立ち上げたもので、私が引き継いで記事を載せています。また一般の方々にも日文研や人文科学に興味を持っていただけるように、宣伝用の資料の作成や広報誌等の執筆も担当する予定です。

 

○人文知コミュニケーターとしての今後の取り組み

日文研の所蔵資料、および研究活動に関する情報収集が基本作業になります。更に発信作業について、現代ではデジタル技術を積極的に使わないと難しい部分があると思うので、モノとデジタルの融合において人文科学の新しい価値を見出し、人文学研究の意義をもっと人々に説明することを心がけていきます。例えば、日文研のコレクションを展示する時にはARやVRなどの技術を使って楽しく体験できるという形をとり、もっと多くの人々の関心を呼び起こすことに力を入れたいと思います。他にもデータベースの更なる利用やデータの充実化にも貢献したいと考えています。また、他の先生達と一緒にデジタルコンテンツの作成に力を入れたいです。

更にいうと、人文科学の今後の発展に関して、中堅の先生達がとてもご尽力されているので、次は若手研究者、それに今後の研究者になりうる今の大学院生の皆さんの声を取り入れないといけないと思っています。このように、若年層の研究者の声を取り入れて、今後の研究推進や研究発信活動にもそういった声を反映させることを念頭に置いて進めていくつもりです。

 

(聞き手:大場 豪 人間文化研究機構 人間文化研究創発センター研究員)

 

ALT Joachim

郭 佳寧(カク カネイ)さん
国際日本文化研究センター 特任助教
2019年、名古屋大学文学研究科で博士(文学)を取得。2021年より名古屋大学人文学研究科附属人類文化遺産テクスト学研究センター研究員、2022年10月より現職。研究テーマは、中世日本の宗教文芸。