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vol00/<危機>の時代に
人文知コミュニケーター座談会

今後のテーマ:ポストコロナ社会へ〜戻る、戻れない、戻りたくない〜

河合  日本は3.11を経験し、今の都市生活が実は不安定なものであると実感した人も多くいたと思います。逆にそれがトラウマになっているところもあるかもしれません。それで今回のウイルス感染などの未知のものにガーンとアタックされると、便利な都市生活に、以前の「現状」に戻れないかもしれないという不安が強まることはあるのかな。どうなんだろう。アメリカでも日本と同じように「前の時点に戻れない」ということが話題にはなっているので、「前に戻りたい」という意識はみんなにあるのだと、私は理解しています。

堀田  多分、「戻りたい」というのを多数の選択肢の中から選んでいるのではなくて、そもそも一択なんだと思うんですよ。自分が知っている世界がそれだから、それに戻ることがベストなのだと、比較対照せずにそう思っているだけだと思いますね。

河合  そうですね。あともう一つ、前に戻りたくない人もいるはずなんですよね。今までずっと抑えられてきた人たち。例えば現在アメリカの20~30代の若者は、大学に行くために学生ローンをしなくてはいけないケースが多いのに、学費は上がり続けているので、大きな社会問題になっています。また、私たちのような人文学者、例えば歴史学で学位を取った人の中には、ずっと頑張ってきたけどなかなか定職に就けない傾向が続いています。アメリカには、ホームレス問題や人種差別問題もあります。今まで大きな声を上げてこなかった人たちが今の混乱の中で活動を起こしていくのではないかと思ったり。今までたまってきた色々な不満が爆発する可能性はあるかもしれない。

  戻りたくないというので思ったのですけど、在宅勤務ができる状況は、私はすごく快適で。

河合  確かに、仕事がはかどる面もありますよね。でも、やはり家ではできないことも多いし、寂しいです。微妙。

  コミュニケーションを取るためにはある程度職場にも行きたいんですけどね。でも、明らかに本を書いたり記事を書くに当たっては、家でやる方が集中できる。あと、他の機関はどうかわからないけど、文書も結構電子化してきて、それも嬉しいなと思っています。戻りたくない側面は確かにありますよね。コロナで、10年ぐらいかかることが一気に進んだみたいな。でも、それをどう記事にできるのか。

堀田  そこなんですよ。われわれ研究者のように、もともと引きこもって物を書いたりするのが得意な人たちは、在宅勤務にあまり不便を感じないと思うけど、それは多分特殊な一部の人たちです。外で働かざるを得ない時給労働の人たちに、「何も身を切っていないではないか」と思われがちな研究者が書くことに、どれだけ共感してもらえるだろうかと。おそらく記事を読む時間すらないと思うんです。だから、われわれはそういう特殊な立場からこの連載を書いているんだということは肝に銘じておかないと。

  私はそういう問題も扱うべきだと思うけど、そういう人たちに申し訳ないから特定の問題を取り上げないというのも、おかしいと思う。なぜなら、私たちのように在宅でできる仕事は結構あるだろうし、それぞれの仕事が各自の方向で進展するのは、別に罪ではないと思うから。

堀田  では、われわれはこの特殊な状況に特化できる体質だから、これを機会にどんどん質の高いものを発信していけばいいということですね。

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