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くらしに人文知

第63回人文知コミュニケーション研究会報告――ヌラディ・ラディティヤ氏「私の人文知コミュニケーション」  

Vol.018
2026.03.05
劉 洋
国際日本文化研究センター

 2025年11月28日、第63回人文知コミュニケーション研究会(ハイブリッド)を開催しました。本研究会は、「人文知コミュニケーター」という比較的新しい職種、およびその実践のあり方について理解を深めることを目的として、定期的に実施されています。

 今回は、国立歴史民俗博物館(以下、歴博)の人文知コミュニケーターであるヌラディ・ラディティヤさんより、「私の人文知コミュニケーション」と題した発表が行われました。本稿では、その内容を紹介します。

発表者紹介と問題提起

 ヌラディさんは、インドネシア出身の研究者で、九州大学にて博士号(Ph.D.)を取得しました。専門は現代日本宗教研究で、特に宗教とポップカルチャーの関係性、なかでも「聖地巡礼」という現象を通じて、物語(ナラティブ)が宗教的実践にいかなる影響を与えているのかを研究しています。

 発表はまず、「人文知とは何か」という根本的な問いから始まりました。ヌラディさんは、「人文知コミュニケーター」という肩書きがしばしば Liberal arts communicator と訳される一方で、「人文知」そのものは Humanities knowledge と Liberal arts knowledge の両方で理解されている点に注目します。この二つは必ずしも同義ではなく、そのズレこそが人文知コミュニケーションを考える上で重要であると指摘しました。

Humanities knowledge と Liberal arts thinking

 ヌラディさんによれば、人文学(Humanities)は、文学・歴史・思想・宗教など、人間社会が生み出してきた知識を対象とし、もともと社会と深く結びついた学問領域です。その意味で、人文学研究者はすでに人文知を「創造し、扱っている」存在だと言えます。
では、人文知コミュニケーターは、他の人文学研究者と何が異なるのでしょうか。ヌラディさんは、その違いを「知識そのもの(Humanities knowledge)」だけでなく、「知識をどのように扱い、解釈し、社会に位置づけるかという思考様式(Liberal arts thinking)」を可視化し、伝える点に見出します。

 人文学的知識は、自然科学の成果とは異なり、解釈の幅が大きく、政治・宗教・ジェンダー・人種といった社会的争点と結びつくことで、時に恣意的に利用されたり、他者を攻撃するための「武器」として使われたりする危険性を孕んでいます。だからこそ、成果物だけでなく、それを支える批判的・包括的な思考の枠組みを社会に伝えることが重要であり、そこに人文知コミュニケーターの役割があると述べました。

ヌラディさんの発表の様子

伝え方としての public scholarship

 では、その「思考の枠組み」をどのように社会に伝えるのか。ヌラディさんは、教育が最も有効な方法であるとしつつも、人文知コミュニケーターというポジションが必ずしも正規の教育活動を担うわけではない現状を踏まえ、教育以外の手段にも目を向ける必要性を指摘しました。

 そこで紹介されたのが、public scholarship の実践例です。宗教学者とジャーナリズム研究者が協働する Sacred Writes プロジェクト、宗教概念を分かりやすく解説する YouTube チャンネル Religion for Breakfast、仏教を多様なメディアで紹介するウェブサイト Tricycle、さらにはオリエンタリズムを日常的な視点から問い直す教育プロジェクト Everyday Orientalism など、学術的厳密さを保ちながら一般社会に開かれた発信を行う事例が提示されました。

 これらに共通するのは、単なる情報提供ではなく、「引用・出典を明示すること」「専門家の知見に基づいて語ること」を重視している点であり、インフルエンサー的発信との差異はまさにそこにあるとヌラディ氏は強調します。

自身の実践:教育・執筆・ポッドキャスト

 ヌラディさん自身の人文知コミュニケーションの実践としては、大学教育における授業設計、一般向けを意識した執筆活動、そして New Books Network におけるポッドキャスト・ホストとしての活動が紹介されました。

ヌラディさんの最新インタビュー(ポットキャスト)

 特にポッドキャストでは、著者へのインタビューを通じて、研究書がどのような問題意識や過程を経て書かれたのかを可視化し、専門書にアクセスしにくい人々にとっての知的リソースを提供することを目的としています。英語の学術書が高価であるという現実の中で、音声メディアは重要な代替的アクセス手段になり得るという指摘も印象的でした。

今後の展望と課題

 発表の終盤では、歴博という博物館ならではの人文知コミュニケーションの可能性についても触れられました。展示や体験型プログラムを通じて、Humanities knowledge だけでなく Liberal arts thinking をどのように伝えられるか、また、ポッドキャストなど新たな媒体を人文知コミュニケーター全体の取り組みとして展開できるかが、今後の課題として提示されました。

 同時に、人文知コミュニケーターというポストが任期付きであること、資金や想定オーディエンスに制約があることなど、継続性の問題も率直に共有されました。

発表を受けて――概念・媒体・継続性という三つの問い

 今回のヌラディさんの発表を受けて、筆者が強く印象に残ったのは、「人文知コミュニケーションとは何か」という問いを、活動内容ではなく、概念のレベルから丁寧に立て直そうとする姿勢でした。

 人文知コミュニケーションという言葉は、制度としてはすでに定着しつつある一方で、その内実については、各人の実践や経験に委ねられている部分が大きいように思います。ヌラディさんが提示した Humanities knowledge と Liberal arts thinking の区別は、人文知を「何を伝えるか」だけでなく、「どのような思考を社会と共有するのか」という次元で捉え直す視点を与えてくれました。これは、人文知コミュニケーションを単なる研究成果のアウトリーチにとどめず、知識の扱い方そのものをめぐる実践として位置づける重要な示唆だと感じます。

 また、質疑応答で繰り返し話題に上ったポッドキャストや YouTube といった媒体の問題は、「どの層に、どのように人文知を届けるのか」という、より実践的な課題を浮き彫りにしました。博物館や研究機関は「誰でもアクセスできる場」と見なされがちですが、実際には来館者層や参加者層が偏っているという指摘は、筆者自身の所属機関(日文研)での経験とも重なります。特に18〜30代前後の若年層に対するアウトリーチは、多くの文化機関が直面している共通課題であり、音声メディアやオンライン媒体がその一つの可能性として議論された点は印象的でした。

 さらに興味深かったのは、人文知コミュニケーションをめぐる教育背景・言語・文化圏の差異が、質疑の中で自然に立ち現れてきたことです。理論中心のトレーニングを受けてきた研究者と、文献読解や史料操作を重視する伝統的な人文学教育を受けてきた研究者とでは、「人文知」の捉え方や前提が必ずしも共有されていません。その差異を可視化し、相互に翻訳していく場として、人文知コミュニケーションやポッドキャストの可能性が語られた点は、本研究会ならではの議論だったと言えるでしょう。

 ヌラディさんの発表が示していたのは、完成されたモデルというよりも、問いを開いたままにする姿勢だったように思います。人文知とは何か、誰に向けて、どの媒体で、どのように伝えるのか。その一つひとつに唯一の正解はなく、だからこそ人文知コミュニケーションは、個人の経験と組織の制度、そして社会の変化を行き来しながら、更新され続ける実践なのだと感じました。
今回の研究会で交わされた議論は、単発の企画やアイデアにとどまるものではなく、人文知コミュニケーターという制度が次の段階に進みつつあることを示す一つの兆しでもあるでしょう。発表と議論を通じて浮かび上がった問いを、今後どのように具体的な実践へと落とし込んでいけるのかが、今後の人文知コミュニケーションを形づくっていくのだと思います。

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