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NIHU Magazine

調査研究の現場から@アメリカ 総合地球環境学研究所 クリス・レオンさん  

No.121
2025.08.26

人間文化研究機構では、機構のプロジェクトの推進及び若手研究者の海外における研究の機会(調査研究、国際研究集会等での発表等)を支援することを目的として、基幹研究プロジェクト・共創先導プロジェクトに参画する若手研究者を海外の大学等研究機関及び国際研究集会等に派遣しています。

今回は、アメリカに派遣された総合地球環境学研究所のクリス・レオンさんからの報告です。

米国地質調査所ミネソタ水科学センターへの研究訪問

地下水モデリングおよび塩水侵入をめぐって

総合地球環境学研究所(RIHN)LINKAGEプロジェクトの研究員として、2024年9月から11月まで、米国地質研究所(USGS)ミネソタ水科学センター(図1)を訪れ、同センターの水専門家が開発したソフトウェアMODFLOW 6とそのPythonパッケージであるFloPyについて学んできました。LINKAGEプロジェクトでは、地下水のダイナミクスや資源管理に関する能力向上のための主要ツールとしてMODFLOW 6を採用しましたが、それはMODFLOW 6が自由に利用でき、モデリング用のプロプライエタリソフトウェアに投じる資金が十分にない私たちの研究拠点に適しているからです。自由にアクセスできることで、ローカルパートナーは、地下水の長期的管理・計画を支える先進的なモデリング技術を継続的に利用することができます。私はミネソタ水科学センターの地下水の専門家たちと協力して、小島の帯水層における塩水侵入や淡水レンズのダイナミクスを探るための数値モデリング技術を学び、発展させました。

図1 USGSミネソタ水科学センター

LINKAGEプロジェクトでは、陸と海の相互作用、とりわけ海底地下水湧出と陸上での栄養フラックスが、太平洋と東南アジアの島嶼国のサンゴ礁の健全性およびコミュニティーのレジリエンスにどう影響するかを理解することを目指しています。その中で私は、特に海抜の低い島々で人間の活動が地下水系やそのダイナミクスにどう影響し、サンゴ礁生態系にどのようなインパクトをもたらすのかをシミュレーションするための物理学ベースモデルの開発・改良に携わっています。

2カ月間の米国滞在中は、MODFLOW 6とFloPyのPythonライブラリの使い方について、しっかりと訓練を受けました。どちらも複雑な地下水フローや塩水侵入をモデル化するための最先端ツールです(図2)。USGSのモデラーの方々と密に協力しながら、以下のような高度な手法を学びました。

•    潮汐の影響を受ける沿岸境界の遷移状態の設定
•    淡水・海水系における密度依存フローのシミュレーション
•    測深および潮汐の水頭を用いた、物理的に一貫性のある初期条件の生成
•    不確実性下のパラメータ較正と感度分析の実施

図2 研究当初に検討されたMODFLOW 6海水インターフェースのアプローチ

こうした実践的なコラボレーションを通じて、黒島(日本)、ワンギワンギ島(インドネシア)、ラキラキ(フィジー)でのLINKAGEモデリングケーススタディーにそのまま適用できる、重要な技術的知見が得られました。これらの地域は、淡水レンズが脆弱であること、利用できる地下水が限られていること、サンゴ礁の生態系が豊であることを特徴としており、持続可能な資源管理や自然を基盤とした適応をサポートするためには慎重なモデリングが必要です。

技術的な訓練にとどまらず、今回の訪問では、地下水と地表水の相互作用、観測データによるモデル検証、水文モデリングとコミュニティーベースモニタリングの統合といったテーマについて、USGSの科学者と十分に意見交換することができ、人脈も構築できました。また、こうした対話を通じて、組織や分野を越えた協働の重要性を改めて認識しました。

LINKAGEの学際的枠組みをUSGSの研究者たちに説明する機会もあり、水文モデリング、サンゴ礁の科学、コミュニティーの共同設計を組み合わせて状況に応じたソリューションを導き出せることを示しました。さらに非公式なセミナーや議論に参加することで、USGSの応用研究を、水の安全保障や小島嶼開発途上国の生態系レジリエンスといったのグローバルな課題と結びつけることができました。

この研究訪問を通じて、私は技術的能力を高め、国際的な研究ネットワークを広げることができました。今回得られた知見やツールは、LINKAGEのモデリングや能力開発ワークショップ、アジア太平洋地域全体の政策エンゲージメントに組み込まれつつあります。USGSミネソタ水科学センターの皆さんの寛大な指導とホスピタリティー、そしてこの実りある交流を支えてくれたRIHNとLINKAGEプロジェクトのメンバーに深く感謝いたします。

若手研究者海外派遣プログラムへの参加を認めてくださった人間文化研究機構にも心より感謝申し上げます。この研究訪問によって、私自身の研究の科学的厳密性をより強固なものにするとともに、新たに学んだ方法論や知見を基に査読付き論文の執筆に向けた土台固めをすることができました。今回の訪米はLINKAGEプロジェクトの学術成果にも直結し、レジリエントな沿岸・島嶼コミュニティーを支える科学を地域の人々とともに生み出すというプロジェクトのミッションにも貢献すると思います。

Chris Leong(理工学博士)

総合地球環境学研究所(RIHN)LINKAGEプロジェクト研究員

地下水系の数値モデリングを専門とする水文学者。特に小島嶼環境における塩水侵入と淡水レンズのダイナミクスに重点を置いている。研究では、MODFLOW 6およびFloPyベースのモデリングを、現場で収集したデータや地域の人々への調査結果と統合し、太平洋および東南アジアの島々における持続可能な水資源管理を支援している。

現在はLINKAGEプロジェクトのMODFLOW 6モデリングコンポーネントを主導し、陸と海の相互作用およびそれがサンゴ礁の健全性や島嶼コミュニティーのレジリエンスに与える影響について研究中。小島嶼開発途上国の政策づくりや能力構築を支える学際的なアプローチを通じて、科学と社会の橋渡しをすることを目指している。

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