No.093 - 人文知コミュニケーターにインタビュー!横山 晶子(よこやま あきこ)さん

国立国語研究所 横山 晶子(よこやま あきこ)さん

・研究分野(言語学、方言学)との出会い

 大学の「ことばと社会」という講義で、「探偵!ナイトスクープ」というテレビ番組のアホ・バカ分布図という企画が取り上げられました。関東での「バカ」、関西は「アホ」の境目はどこかという企画で、番組で調べた全国の方言の地図が出てきて、面白いなと思いながら見ていました。その中で、日本の東西南北の4つの端っこの地域で海に向かって「バカヤロー」叫ぶ企画があり、宮古島の方が「ぷりむん」と叫んでいました。宮古の方言で馬鹿は「ぷりむん」といい、後で分かったのですが元々は江戸時代に使われていた「惚れもの」という言葉が語源のようです。

 この番組を見ていた時は何も知らなかったので、ぷりむんという響きに衝撃を受け、「こんな日本語じゃないみたいな言葉が日本にあるんだ」と思い興味を持ちました。その時のゼミの先生に奄美か沖縄に行きたい旨を伝えると、先生が伝手のある沖永良部島を紹介下さり、何も分からずに行ったのが島との出会いであり、言葉研究の入り口になりました。

 

・研究対象である北琉球沖永良部方言の特徴や魅力

 沖永良部に限らず琉球の言葉は、日本語と唯一の姉妹語と言われています。ルーツが一緒で、7世紀よりも前ぐらいに分岐し、その後島々にて変化していきました。「をぅがみやぶら(こんにちは)」、「みへでぃろどー(ありがとう)」(どちらも沖永良部語)といった琉球の言葉を1回聞くと、私達にとっては外国語のようです。東京の大学生を対象とした実験結果では、5%の理解度しかないほど日本語とは違います。ただルーツが一緒なので、規則的な音の対応があったり、日本語の古語から来ている語や文法があったりと、違うようでつながりがある点が面白いです。

 私は言語学の枠組みで沖永良部の言葉を研究しています。方言というと、日本語(標準語)とどう違うかという目で見がちですが、1つの言語として「世界の言語と比べてどんな特徴があるか」という目で見ていくと、琉球の言葉には類型的に見て珍しい特徴があります。例えば、yesかnoで答えるような疑問文(肯否疑問文)は、日本語や英語だけでなくほとんどの言語で文末のイントネーションが上がりますが、沖永良部の言葉では疑問文の文末はむしろ下がります。

 私が初めて沖永良部島へ行った時、地元の人が方言で色々と言ってくれたのですが、分からないなりに、文末が下がっているので「何か強く言われているのかな…?」と感じていました。後で気が付いたのは、これは疑問文のイントネーションで、私に何か断言していたわけでなく、色々と聞いてくれていたのだと気が付きました。これは私の母語である日本語と、沖永良部島のことばで、イントネーションでの疑問の表し方に違いがあるから起きた勘違いでした。

 

・方言学と地域連携

 私の最初の研究は、沖永良部語(しまむに)の文法を明らかにする記述研究だったため、高齢の話者の方々にずっと教えていただいていました。最初は、研究者と調査協力者というつながりが多かったのですが、研究をしていく過程で「『この島の方言はどんな特徴があるのか』を小学校や公民館で話してほしい」という依頼があり、だんだんと人前で話す機会が増えました。最初は、研究者の方から「方言を残した方がいいよ」と言うことをはばかっていました。

それは、地元民でもない私が勝手なことを言ってはいけないじゃないかと思っていたからです。それでも地域の方に「危機言語といってユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の地図に載っているよ」とか、「世界の言語と比べてこんなところが珍しくて日本語にはない特徴だよ」などと色々と話しをしていくと、地域の方が「しまむにって面白い」と話し、「方言を話せるようになりたい」、「方言を残していかなきゃ」と言う人を見ることも増えました。地域で言葉を残したいというニーズがあり、私自身もゼロから始めて、文法が分かって話せるようになった過程があるので、自然な流れで「私にわかることを教えていこう」となりました。

 

「大人の島むに教室」(2018年)

 最初は私が教えるだけでしたが、大学の講義のように一方的な教授は聞いている人の中にそんなに染み込みません。結局、地域の中で自発的な活動が起きないと、こういった継承活動は続きません。そんな時に国立国語研究所(以下「国語研」)の山田真寛先生と一緒に沖永良部の小学校で、夏休みの宿題として3世代(子供、親、祖父母)で方言に関するものを作ってもらい、国語研で発表いていただくプロジェクトをしました。

 色々とトラブルがありましたが、やってみると、こちらが期待していた以上に反響があり、下の写真の前田さんご一家は発表が終わってもずっと家庭の中で方言継承の活動を続けてくれました。そうした活動を見ていると、地域の方に研究者が知っていることを伝えるのは当然として、その次のステップとして「地域の方達自身に自発的な役割を渡していく」。地域の人達の自主性があればある程、その後続いていくような活動になることを体感しました。

 

「ゆしきゃ・しまむにプロジェクト」で発表した前田さんご一家(2019年 国立国語研究所)

 それ以降は、地域で行っている公民館講座も「市民科学者の育成」として、講座生自らが自分たちの方言を記録・記述をする活動をしたり、それぞれが活動していることを発表してもらう場にしています。他にも、昔は研究者達発案のプロジェクトを地域の方々に提案して一緒にやることが多かったですが、今は地域の中での運動が盛り上がっているので、地域の方々が企画して、こちらがニーズに応えていくという流れも増えています。今は、活動の基点が研究者から地域の方々に移ってきたと実感しています。

 

公民館講座「しまむにサロン」の皆様(2020年)

 

・人文知コミュニケーターを志願した経緯

 人文知コミュニケーターの活動は、これまで自分がやっていたことと凄く似ていると思いました。研究が土台としてあるけれど、それを一般の人に伝えていくことは勿論だし、一緒にどうやっていくかを考えていく。人文知コミュニケーターの説明文には、「社会からもらったものをまた研究に活かす」と書いてあったので、凄くいいなと思いました。

 それと、人文知コミュニケーター以外の採用面接時に、面接官に地域との活動を「社会還元」として捉えていただいた上で、「社会還元を沢山しているのは分かるけれど、研究や教育はどうなの」と質問されることもありました。私自身は「社会還元をすごくしよう」と思ったというより、危機言語の研究だと当然地域に研究成果を伝える場面が出てくるし、まして「危機言語の復興」を言い出したら、地域と連携しないとまず不可能です。一般的な「研究」という枠組みの中だと、地域連携は研究外の活動として捉えられてしまうのですが、人文知コミュニケーターのお仕事は、この点を含めて評価してもらえるだろうし、今までの活動がそのまま活きるのではないかなと思い人文知コミュニケーターに志望しました。

 

・国立国語研究所(国語研)での活動

 国語研では「消滅危機言語の保存研究プロジェクト」のメンバーとして、日本諸方言の記録やデータベース化、地域での活動のサポートにあたります。これまでは沖永良部島で市民科学者の育成をやっていましたが、日本全国、「〇〇方言」と言われても集落によって方言が異なり、研究者が研究をしているだけでは間に合わず消滅してしまいます。研究の意味でも、地域還元の意味でも、地域の中に記録する人を増やした方が良いと思います。地域のご本人達が調査をして共有してもらったものは、本人達の元にも何か残りますし、経験や知識も残ります。特に最近は、沖永良部島に限らず、地域の中で自主的に記録をされている方々も増えてきたので、そこに専門家のサポートをし、データ公開のお手伝いをする機会が増えそうです。

 また、「広報室」のメンバーとして、広報のお仕事にも携わっています。国語研のサイトの中に、一般の人からの素朴な言葉の疑問に対して研究者が答える「ことばの疑問」があり、この疑問を提案するのが、私の最初の広報業務です。ちなみに、「ことばの疑問」の過去の疑問を取りまとめたのが、国語研が編集し2021年に刊行された『日本語の大疑問―眠れなくなるほど面白い ことばの世界』です。

 

・人文知コミュニケーターとしての今後の取り組み

 私と一緒に人文知コミュニケーターになった駒居 幸さん(国際日本文化研究センター)と、人文知コミュニケーターで共同研究をしてみたいという企画の話を時々しています。それぞれの研究分野は違いますが、研究の手法として同じ取り組み方ができるかもしれないため、人文知コミュニケーションを探求(研究成果に対する社会からフィードバックをもらって、研究に戻していくという研究活動がどう成り立つのか)したいです。まず自分の研究分野ならどうやるのかが分からないと人文知コミュニケーションの普及が出来ないため、せっかく人文知コミュニケーターの身分になったので考えてみたいです。

 それと研究面では、地域の人からの依頼に答えていくことで、自分の研究も広がるのではないかと思っています。1つの例として、島に住む東南アジアからの技能実習生やホテルや飲食店で働く外国人向けの支援があります。外国人労働者の多い農家では、今でも共通言語として方言が使われることも多いのですが、就業前の日本語学習には方言が含まれていないため、外国の方は方言を理解できず、それがコミュニケーションの阻害となることがあります。島には外国人の方達が地域のコミュニティーに入りやすくするための活動をしている方がいて、外国人向けのパンフレットの中に、日常生活で使われる方言を入れて欲しいという依頼があり、私はパンフレットのチームに入っています。

 他にも医療や介護関係の依頼もあります。80代やそれ以上の世代で、第1言語が方言の方がご高齢になると、標準語を忘れて方言に戻っていく方もいます。コミュニケーションとして標準語を覚えている方もいますが、気持ちの部分でだいぶ母語に戻っていくので、標準語だけだと全然喋らなくなるそうです。スタッフが方言を話さなくても、分かりさえすれば、患者さんは自由に話せます。また、たった一言でもその方言で話しかけると表情が変わるといった現場の声もあり、こうした医療や介護の場面でのサポートをしたいと思っています。

 地域の方々からの依頼は、私の予想を超えるもので、依頼を受ける過程で私の研究分野も広がっているので、今後はそれを楽しみたいと思っています。

 

(聞き手:大場 豪 人間文化研究機構 人間文化研究創発センター研究員)

 

横山 晶子(よこやま あきこ)さん
国立国語研究所 特任助教
2010年より、奄美群島沖永良部島で、沖永良部島のことば(しまむに)の文法記述、記録、継承研究を続けている。著書に『0から学べるしまむに読本』『塩一升の運』『シマノトペ』など。
 個人X(旧twitter): @akikomuni
 しまむにX(旧twitter): @erabumuni