No.059 - 第2回人間文化研究機構日本研究国際賞受賞記念アンドルー・ゴードンハーバード大学教授インタビュー

第2回人間文化研究機構日本研究国際賞受賞記念アンドルー・ゴードンハーバード大学教授インタビュー

 

人生をもう一度やり直すチャンスに恵まれたならば、再び歴史学者を志したいと話すアンドルー・ゴードン ハーバード大学教授。長年の日本近現代史の研究や幅広い教育活動が高く評価されて、2020年の秋に第2回人間文化研究機構日本研究国際賞を受賞されました。今回、第2回人間文化研究機構日本研究国際賞の受賞を記念して、ゴードン先生が日本へ関心を持つようになったきっかけ、研究者を志した経緯、これから学者を目指す若手へ贈る言葉についてお話を伺いしました。

 


 

ゴードン先生が日本に関心を持つようになったきっかけは何でしたか?

高校三年生になる前の夏、17歳のときに日本への研修プログラムに参加したことです。僕がボストン郊外で通っていた公立高校の社会科の先生(Mr. Altree)がその年にたまたま日本への研修プログラムのリーダーを務めていて、ちょうど空きがあったので参加しないかと誘われたのです。それで、9週間ほどのプログラムに参加しました。最初の10日間は、マサチューセッツ州の私立高校Mount Hermon School (現在のNorthfield Mount Hermon School)の寮に泊まりこんで、日本語の勉強や日本の歴史をみなで勉強しました。残りの約8週間は京都や東京を中心に長期に滞在しました。そして、広島、九州や山陰、東北地方を回ってアメリカに戻りました。

僕はそれまでボストンの郊外で育っていたので、日本との関わりがなく、エキゾチックな東洋に出会うと期待して研修プログラムに参加しました。ですが、訪れてみると僕の暮らしている社会と驚くほど似ていたのです。この驚きが日本への関心へとつながっていきます。

 

日本への研修プログラムには、京都で4週間ほどのホームステイが含まれていた。当時お世話になった西口家の皆さん。
ホームステイをきかっけに家族ぐるみの付き合いが50年以上続いている。(撮影:1969年8月 アンドルー・ゴードン)

 

日本への研修プログラム中に見聞きしたことが、後の研究テーマ(近代日本労働史研究)にもつながったとお聞きしています。滞在中、どんな事柄が印象に残りましたか。

新宿駅の西口広場で全学連や全共闘の学生がヘルメットやマスクをして機動隊と衝突している様子や京都で4週間ほどホームステイしたことなど、印象に残ったことはたくさんあります。しかし、後の研究テーマにつながったという意味では、品川駅のすぐそばにあったソニー工場の工場見学です。

1969年当時、日本の特徴の一つは高度経済成長で、ラジオやテレビといった日本の製品が世界中に輸出されていました。ソニーの名前は僕らアメリカの高校生でも知っているぐらい知名度の高い会社でした。そんなソニーの工場で、ガラス越しに組み立てラインを上から見せてもらったように記憶しています。そして、ここで働いている女性たちは、中卒であり、会社の援助を受けて夜に夜間制の高校に通い、働きながら高校卒業の資格を得る一方で、男性は定年まで働き続けるというような説明を受けました。日本の男性中心の終身雇用制度ですね。

僕の知的好奇心がくすぐられたのでしょうね。大学一年生の春、日本社会の授業の期末レポートは、終身雇用制度について書きたいと、当時若手の研究者であった故エズラ・ヴォゲル(Ezra Vogel)先生に伝えたら、それはあまりにも大きなテーマですね、と言われて。代わりに創価学会の急成長をテーマにレポートを作成したのを覚えています。

 

日本への研修プログラムの一環として訪れた品川駅そばのソニー工場
(撮影:1969年7月 アンドルー・ゴードン)

 

どんなところに魅力を感じて学者を志したのでしょうか。

知的好奇心が満たされるところです。自分で見つけた問題や疑問に感じたことについて、調べて、まとめ、そして、書物を通して発表する。この一連の行為が性に合っていました。大学2-3年生の頃に学者になろうと決めたのですが、それまでは新聞記者も候補にありました。新聞記者と歴史学者とでは、調べて書く、という点では似ていますよね。違いは、新聞記者が調べて書くまでに与えられている時間が歴史学者に比べて短いこと。加えて、学者は自分が調べて発見したことを授業という形で学生に教えます。人に教えることも楽しそうだと思い、最終的に学者の道を選びました。

 

ゴードン先生は、これまで日本をたびたび訪れていると思います。印象に残っている場所はありますか。

数え切れないほどあります。強いて言えば、東京と京都です。東京のとても好きなところは、駅ごとにある小さな商店街です。大都会なのに、各駅停車しか停まらない小さな駅でも必ず商店街がある。こうした商店街の存在が、東京を住みやすい都市にしている一つの理由でもあり、東京の魅力でもあると思います。京都は、街全体が生きた博物館であるところ、今も歴史が生きているところです。鴨川沿いには平安時代から人々が暮らしています。その鴨川沿いを自転車に乗って走ると、目の前を流れていく景色は平安時代の人も見ていたものなのか、と想像を掻き立てられるんです。歴史が生きているように感じられて、京都も好きな街の一つです。

 

京都のホームステイ以来交流が続く西口家のお嬢さんの家族とゴードン夫妻。神護寺にて。

 

これから学者あるいは歴史学者を目指す若手へのメッセージをお願いいたします。

昨今、学者の道は非常に狭き門になっています。一流大学で優秀な成績を修めたとしても職に就くことは容易ではありません。一方で、博士号を取得するためには、6-7年もの研鑽が必要です。ですから、学者になろう、歴史を学ぼうと思うのであれば、万一6-7年かけて学んだことが将来の仕事に直接結びつかなかったとしても後悔しない、勉強したことそのものに価値があった、面白かったと思える、そういう覚悟でこの道に進んで欲しいと思います。卒業後、金融業界に入ってアナリストになっているかもしれません。ロースクールに戻って弁護士の資格を取る必要が出てくるかもしれません。少し厳しいメッセージになってしまいましたが、そうした可能性もあることを早いうちから自分のこととして心に留めておくことが大事だと思っています。

 

アンドルー・ゴードンハーバード大学教授の近影。文京区根津神社にて(2020年)

 

(聞き手:高祖歩美)